「これまで訪れた中で一番好きな街は?」と訊ねられたら、しばらく迷った末に「ダッカ」と答えるだろう。

 この答えがほとんど誰の支持も得られないことは、僕にもよくわかっている。バングラデシュの首都ダッカは、ありえないほど過密で、混沌と騒音と悪臭が支配するアジア屈指のカオスな街なのだ。僕だって住むのはご免だ。こんな街に何年も住み続けたら、寿命が縮むんじゃないかと思う。でも旅人にとっては最高に楽しい街なのだ。特に僕のように人の写真を撮り歩いている人間には、ダッカほど刺激的な街は他にはないと思う。

 ダッカ南部に広がる旧市街・オールドダッカは、まるで迷路のような街だ。複雑に入りくんだ路地裏を歩いていると、すぐに方向感覚を失って、道に迷ってしまうのだ。それでも僕は全然気にしなかった。心おきなく迷えばいいのだと、地図さえ持たずに歩いていた。

 そうやって道に迷いながら、方向感覚を失いながら、自分の嗅覚だけを頼りに進んでいくと、その先には必ず何か面白いものが現れるのだ。たとえば二十羽もの生きた鶏を頭に載せて運ぶ男や、ヒルから作ったという謎の精力剤を売る香具師や、一メートルを超えるような長い竹馬に乗って街を闊歩する老人など、僕の想像力の斜め上を行くユニークな人々が溢れている街なのだ。

 地図を持たずに歩く。とにかく迷う。それがオールドダッカの正しい歩き方なのである。

 

ba18-13066ビルの建築に使う鉄筋を肩にのせて運ぶ男たち。どんな力仕事も人手に頼るのがバングラ流だ。

 

ba18-14399もし「暑さに強い職業ランキング」というものがあれば、鍛冶屋はかなり上位に来るだろう。バングラデシュで出会ったのは、ふいごで石炭に風を送って、その熱で鉄を鍛える昔ながらの鍛冶屋。室温は軽く50度を超える。汗だくになりながら、端正な表情を崩さないクールな鍛冶屋だった。

 

ba18-20652夜、オートリキシャの修理をする男たち。バングラデシュには緑色のCNG(圧縮天然ガスで走るオート三輪)がたくさん走っている。かつてはガソリン駆動のオートリキシャが排気ガスをまき散らしていたが、それが全面的に禁止されて、比較的クリーンなCNGに替わったのだ。そのおかげで街はずいぶんきれいになった。

 

ba18-24456ダッカを走るリキシャ。ざっと夕立が降った後のぬかるんだ道をゆっくりと走り抜けていく。ダッカの線路沿いには路上に野菜を並べた青空市場が広がっている。

 

ba18-14262イスラム教徒が大半を占めるバングラデシュには牛肉屋が多い。男は大きな牛肉の塊を太い包丁でぶつ切りにしていく。光が美しかった。

 

ba18-15827肉屋が、ぶら下げた羊の肉を解体していた。ベジタリアンが多いインドとは違って、ムスリムが大半を占めるバングラデシュでは肉や魚がよく食べられている。

 

ba18-15992市場で肉をさばく男。薄暗い市場の片隅で、山羊の肉を切り分けている。天井から射し込む光が男の横顔を照らしていた。

 

ba18-16759バングラデシュの製粉所で働く男。古めかしい製粉機で小麦粉を作る工場では、全身が粉まみれになってしまう。男の白いヒゲと白髪が、小麦粉と合っているようにも見える。

 

ba18-09584バングラデシュは物流の多くを鉄道に頼っているアジアでも珍しい国だ。英国植民地時代に整備された鉄道網が、1億6000万人の食とエネルギーを支えている。男たちが列車に積み込んでいたのは石炭。インドネシアから船で運ばれてきたものを、列車に積み替えている。

 

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バングラデシュの農村でお米の脱穀を行う男。エンジンの力で高速回転する脱穀機が、稲穂から籾だけを外してくれる。板に叩きつけて行う伝統的な脱穀作業の何倍も効率的だ。