「私の名前はクマリ。以前は韓国企業のコロンボ支社で働いていたんだけど、その会社が1年半前にスリランカから撤退してからは、ずっと失業中なのよ。ええ、仕事はいつも探しているわ。でも今のスリランカは景気が悪いから、なかなかいい仕事が見つからないのよ。若いときに結婚していたけど、10年前に離婚したわ。夫が他に女を作ってしまったから別れたの。息子が一人いるけど、父親が引き取っていった。今のところ再婚する気はないわね。母親と二人暮らしだけど、その方が気楽でいいわ」
僕と彼女はコロンボの郊外に広がる砂浜で話をした。このあたりは貧しい漁師たちが身を寄せ合うようにして暮らす一角である。そして住民たちの多くは、3年前にスリランカを襲った大津波で家や漁船を失っていた。クマリもまた津波で家を失った一人だった。今は廃材をかき集めて作ったあばら屋に住んでいる。
「政府は私たちに新しい家を提供するって約束した。でもその約束は三年経った今も果たされていないの。一体いつになったら助けてくれるのかしら。私たちにはただ待つことしかできないのよ」
そう言って彼女は砂浜のずっと先にあるコロンボの中心街を見つめる。真昼の強烈な日差しは、今ではもうすっかり和らいでいた。彼女の視線の先にあるコロンボの高層ビルディングは、夕陽を受けてあかね色に染まっている。
「一日の中で、今の時間が一番好きよ。よくこうやってコロンボの街を眺めるの。世界貿易センターのツインタワーとバンク・オブ・セイロンのビルがよく見えるでしょう。こうやって街を眺めていると、嫌なことを少し忘れられるのよ。一人息子のこととか、仕事が見つからないこととか、ツナミハウスのこととかね」
スリランカで唯一「都市」と呼べるコロンボの街は、この貧しい漁民の町とはまるで違う世界だった。一泊200ドルとか300ドルもする一流ホテルが並び、偉そうな守衛のいるカジノがあり、テロを警戒する警官の目が厳しく光る街、コロンボ。
「あそこで暮らしたいとは思わないわね。ここには家族がいるし、友達がいる。こうやって眺めているだけでいいのよ。こことは違う世界があるんだって思えるから。憧れや夢。そういうものかもしれないわね。あの街には私の夢があるのよ」
クマリは腕を組んで、砂浜の先を見つめる。
コロンボの街を、彼女の夢を、ずっと眺めている。