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カルタラはツナミエリアの中では比較的「軽傷」の町だった。多くの家屋が倒壊し、ビーチリゾートにあるホテルなども大きなダメージを受けていたが、幸いなことに死者はほとんど出なかったという。おそらく地形的な要因(カルタラに湾はなく、フラットな浜が続いている)で、津波の威力がそれほど強くはならなかったのだろう。しかし「軽傷」だからこそ、復興計画から見放されているという皮肉な現実もあるようだった。「もっとひどいところがあるんだから、君たちは自分の力で何とかしろ」ということなのかもしれない。
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カルタラのビーチ沿いで、おばさんが津波で倒壊した家の後片付けをしていた。僕がカメラを向けると、「ほら見ておくれ。この有様だよ」と両手を広げてみせた。 |
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僕はカルタラに一泊し、ツナミエリアをさらに南下した。スリランカはちょうどマンゴーの実のようなかたちをした島国なのだが、その南部地域を海岸線に沿って反時計回りに移動した。
スリランカ南部の町の中で、津波による被害がもっとも大きかったのがゴールだった。ゴールの町の破壊の規模は広範囲に渡っていた。海岸に面した家屋や港関係の施設は、ほぼ全て壊滅的な被害を受けていたし、海から三、四〇〇メートルほど離れた場所でも倒壊している家屋が見られた。港には何隻もの大型漁船が打ち上げられ、不安定に傾いたままのかたちで放置されていた。道路や橋は再建されていたが、鉄道の復旧の目処は立っていなかった。多くの人がテント暮らしを余儀なくされ、救援物資に頼る生活を強いられていた。
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廃墟となった自分の家を建て直している男が、水浴びをしていた。井戸水は出るのだが、津波の影響でしょっぱい水しか出てこない。だから飲み水は配給が頼りだという。 |
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無惨に壊れた家の壁の下から、子供のおもちゃの人形が出てきた。 |
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壊滅的な打撃を受けているゴールではあったが、パニックが起こっているわけではなかったし、町を歩いていて危険を感じるようなこともなかった。津波から三週間以上が経過し、人々は徐々に平静を取り戻しつつあるようだった。
しかし津波直後は「火事場泥棒」ならぬ「津波泥棒」が多数発生したらしい。貯金箱代わりにしていた容器を破られて、中のお金を盗られてしまったとか、津波が引いたあと家に帰ってみると、貴金属類が全て持ち去られていたという話を複数の人から聞いた。スリランカは内戦中を除けば比較的治安の良い国として知られているのだが、残念ながら人の不幸につけ込む輩が少なくなかったようだ。
ゴールの町で知り合いになったヨガラジさんも、大切な財産である宝石類(スリランカの人は貯金する代わりにお金を金製品や宝石に替えるのが一般的なようだ)を盗まれた一人だった。
「宝石は盗まれ、家具も電気製品もみんな壊れてしまった。後に残ったものといえば、壁があちこちで剥がれた家だけだ。でも、それはもういいんだ。私は生きているし、妻も子供も生きている。命が助かっただけでも好運だったと思うよ」
僕らはココナッツから作ったお酒を飲みながら話をした。スリランカはインド文化圏では珍しく、日常的に酒を飲む国である。たぶん仏教徒が国民の大半を占めているからなのだろう。
津波の第一波がやってきたとき、ヨガラジさん一家は家の窓枠に登って水面の上に顔を出して、水が引くのを待った。水はあっという間に二メートルの高さまで上がってきた。スリランカの伝統家屋は天井が高いものの平屋建てなので、二階に逃げるということができないのだ。
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「一番恐ろしかったのは、水が喉元にまで上がってきた時さ。これ以上水かさが増えたら助からない、そういうギリギリのところまで水が上がってきたんだ。私は左手に長男を、右手に次男を抱えていた。両手を精一杯高く上げてね。そのとき、一歳になったばかりの次男はどうしていたと思う? 私の右手に抱きかかえられながら、彼はニコニコ笑っていたんだよ。手で水面をぴちゃぴちゃ叩きながらね。何が起こっているのかわからなかったんだね。そのときの気持ちは言葉ではうまく説明できないな。とにかく私は祈った。『せめてこの子だけは助けてください』と。祈ることしかできなかったんだ。結局、その後水が引き始めたので、私たちは高台に逃げることができた。ツナミの第二波がやってきたのは、それから十分ぐらい後だったと思う。家族四人で手を取り合って泥水の中を走ったんだ。今でもあのときのことを思い出すと寒気がするよ。もしあのとき息子が溺れ死んでいたら・・・そう考えると、冷たい汗が吹き出してくるんだ」
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スリランカの民家は天井が高い。二階は作らず比較的広々とした平屋建ての家が一般的だ。 |
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彼は自分のグラスに酒を注ぐと、それを口に含んで一気に飲み下した。
「ツナミが引いた後の町はひどいもんだったよ。この近所にも死体がごろごろ転がっていた。私が目にしたのは全部で九人だった。この家の裏に住んでいるおばさんは、旦那さんと子供二人を亡くしたんだ。後になってそれを聞かされたとき、彼女は何日も泣き続けて、半分気が狂ったようになってしまったそうだ。隣の家の主人が発見されたのは津波から四日も後のことだった。家の台所で死んでいたんだが、泥の中に埋まっていたために発見が遅れたんだ。そのときには死体は半分腐っているような状態で、ひどい臭いを放っていたそうだ」
ヨガラジさんは顔をしかめて首を振り、そしてまたグラスに酒を注いだ。自分たちは助かったが、隣人は助からなかった。不運と好運の間にある差は、本当にわずかなものでしかないということは、彼が一番よく知っていることなのだろう。
「この家は何とか壊れずに済んだけど、今は家族全員が妻の実家で暮らしているんだ。またツナミが来るかもしれないと、子供も妻も怖がっていてね」
再び津波が襲ってくるのではないかという恐怖は、ゴールに住む人のほぼ全員が感じていることのようだった。予想もしていなかった災害を経験した後なのだから、当然の反応だと思う。「次の土曜日に再び大津波が起こる」といった根拠のない噂が人々の間に流れているという話も耳にした。
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