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ツナミによって破壊された家の柱にもたれかかる少女。 |
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ゴールにはテント暮らしを余儀なくされている人も多かった。もともと自分たちが住んでいた家の敷地内に、外国の援助団体から提供されたテントを屋根代わりに建てて、その中で暮らしている人達もいたし、数十のテントが一カ所に集まっている難民キャンプもいくつかあった。テント自体は大型のものだが、それでも夫婦と子供数人が寝泊まりするにはあまりにも狭かった。
僕がそばを通りかかると、テントの中から「ハロー、カム! カム!」と手招きされることがよくあったが、その大半が「お金をくれ」という要求だった。彼らはたまたま通りかかった外国人を見かけると、とりあえず声を掛けているようだった。
もっと積極的に、幹線道路の脇に立って物乞いをしている女性や子供も大勢いた。特にゴール市街から西の海岸には、そういう人達が多かった。彼らは幹線道路を通るバスや自動車の中から、いい車(だいたいは日本製の四輪駆動車)に乗ったお金持ちや外国人を見つけると、素早く近づいていって「何かちょうだいよ」と手を出すのである。
ゴールでもっとも大きく由緒正しいホテル「ライトハウス・ホテル」周辺には、この手の即席物乞いの人達が多く集まっていた。彼らはこのホテルに泊まっている外国の報道関係者やスリランカの上流階級の人が車に乗って出てくるのを待ち構えているのである。僕は密かにこの周辺を「マネーロード」と呼ぶことにした。
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そのマネーロードを歩いていると、十歳ぐらいの少年が片言の英語と身振りを使って話し掛けてきた。頭は丸刈りで、「ピカチュウ」が大きくプリントされたTシャツを着ていた。
「おいらツナミで家が無くなったんだ。お金おくれよ、一〇〇ルピー。五〇ルピーでもいいからさ。おいらお腹も空いている。お金おくれよ、一〇〇ルピー。五〇ルピーでもいいからさ」
一日に何度も同じ台詞を繰り返しているのだろう。言い慣れたようなリズムがある。しかし彼の表情からはそれほど切実な印象は受けなかった。
「君の家が壊れたのは知っているよ。でもお金はあげられないんだ」
僕はそう言ってにっこりと微笑み返し、バイバイと手を振る。すると彼は両手で顔を覆って泣き始める。しかしそれは単なる泣き真似である。ヘタな芝居だ。「スチュワーデス物語」の堀ちえみよりもヘタな芝居である。うぇーんうぇーん、と声を上げるのだが、肝心の涙が出てこない。しばらくすると指の間から少年の目がちらりと覗く。「ほら、やっぱり嘘泣きじゃないか」と僕が笑いながら言うと、彼は「なんだバレちゃったのか」というような照れ笑いを返してくるのだった。
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ゴールの港近くには、廃墟が目立っていた。この家族は打ち上げられたボートを椅子代わりにして休んでいた。 |
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そんなことを繰り返しながら、僕はマネーロードにたむろする人々の輪の中に入っていった。彼らは本職の物乞いではないから、それほどしつこくないし、僕がガイドも通訳もなしに一人で歩き回っている変な外国人だとわかると、面白がって片言の英語で話し掛けてきたりした。炎天下の中を歩き続けるのにも疲れたので、僕はしばらくの間彼らと一緒に道端に座り込んで、行き交う車を眺めることにした。
「ハロー!」「マネー!」「ボンボン!」というのがマネーロードの即席物乞い達の三大フレーズである。ボンボンとはアメ玉を意味しているらしい。車がカーブを曲がるときに少しスピードを落とすと、彼らはすかさず近寄っていって「マネー! ボンボン!」と連呼する。しかし何かをもらえることはごく稀で、ほとんどの車はあっさりと素通りしていく。当然のことながら、道端にいる人ひとりひとりに何かをあげていたら、いつまで経っても前に進めないのである。
そんなことを一時間以上続けても、獲得できたのはアメ玉数個というような状況だったが、彼らは特にがっかりした様子も見せず、卑屈になることもなく、仲間内でぺちゃくちゃとお喋りをしながら、気長に次の車を待ち続けていた。そこにはやるせなさと同時に、不思議な明るさがあった。家を失い、親戚や家族を失った人もいるはずなのに、どこかカラッと乾いているのだ。僕がそう感じたのは、この国の強い日差しと海を渡ってくる爽やかな風のせいばかりではないだろう。
そんな風にしてマネーロードを歩き回っている間に、はっきりとわかったことがある。それは彼らが必要に迫られて物乞いの真似事を始めたわけではなく、他にやることがないからやっているだけなのだ、ということだった。
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マネーロードで「何かちょうだいよ」と手を出す人々。 |
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被災者達は外国やスリランカ政府からの配給を受けているので、食料や衣類や医薬品が足りずに困っているわけではない。もともと豊かな土壌を持つ農業国だから、食うものに困るということはないのだ。しかし家を建て直すお金はないし、仕事もないから、昼間は何もすることがない。住宅も商店も港も、全てが大きな損害を受けているゴールの町では、ほとんどの人が職を失ったか、あるいは休職中という状態なのだ。だからとりあえず路上で「お金ちょうだい」と手を出してみた。言うだけはタダだし、何かもらえれば儲けものだから。そういう発想で物乞いを始めた人が多いのではないか。
でも始まりはどうであれ、それをずっと続けていると、臨時の物乞いから本職の物乞いになってしまう。それは誰にとっても良くないことだと思う。彼らにとって本当に必要なのは原状の回復なのだ。住む場所を取り戻し、働く場所を得ること。それは安易な「お金ちょうだい」によってもたらされるものではないと思う。だから僕は一ルピーも渡さないことに決めて、その方針を守り続けた。
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