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ジャフナには兵士と警察官の姿が多かった。
 ジャフナは兵士の姿がやたらと目につく町だった。町の主要な施設の前には、かならず武装したスリランカ軍の兵士が立っていて、周囲を警戒しているのである。ジャフナはタミル人が多数派を占める町なのだが、この町の権力を掌握しているのはシンハラ人であるスリランカ正規軍なのだ。つまりタミル人から見れば、ジャフナは異民族によって「支配されている」わけである。この町の雰囲気がどこか陰鬱で、ピリピリとした緊張感をはらんでいたのは、支配する側とされる側の暗黙の対立があるからに違いなかった。

 ジャフナは寂しい町だった。かつてはスリランカ第二の都市として栄えた歴史もあるのだが、今のジャフナに往時の面影は見られなかった。中心街は比較的賑わっているものの、そこから少し離れると、たちまち活気がなくなってしまうのである。

 この町をより寂しく哀しいものにしているのは、南部に広がる廃墟だった。スリランカを旅するあいだ、僕は津波によって破壊された無数の廃墟を見てきた。だから廃墟がいくら並んでいたところで、それほど驚かなくなっていた。しかし、ジャフナは別だった。何故ならここは津波の被害を一切受けなかった町だからだ。つまりジャフナの廃墟は、津波以外の要因――20年続いた内戦の結果――が作り出したものなのだ。

ジャフナの住宅街にある廃墟。壁一面に銃痕が刻まれている。

 原因が異なるにもかかわらず、二種類の廃墟は驚くほどよく似ていた。壁が崩れている様も、屋根が落ちて地面に散らばっている様子も、人気がなくしんと静まり返っている空気も、そっくりだった。津波の残した傷跡と、戦争によってもたらされた破壊が、これほどまでに似通っていることに、僕は大きなショックを受けた。
 哀しい町ジャフナは、スリランカの苦難の歴史を象徴する場所だった。


ココナッツのお酒ラーを飲む漁師。
 ジャフナに着いた翌日に、ポイント・ペドロという町に行ってみることにした。ポイント・ペドロはスリランカの北端に位置する海辺の町である。僕はここにスリランカ北部の津波被害の様子を見に行ったのだが、ゴールなどの南部の町に比べると、被害はそれほど大きくはなかった。漁師の船が壊れたり、家屋が全壊した地区もあったが、幸い死者はほとんど出なかったという。

「命は助かったけど、船が壊れているから、仕事ができないんだ。だから、毎日こうやって酒を飲んでいるってわけだよ」
 偶然通りかかった酒場で酒を飲んでいた漁師は、そんな風に言った。彼のように仕事ができない苛々をお酒で紛らわせている漁師は、かなり多いようだった。彼らはココナッツから造ったラーというお酒を、昼間からがぶがぶ飲み続けていた。ラーは1リットルほどの値段が25ルピー(25円)という安い酒なのだけど、だからといって日がな一日飲み続けていたら、なけなしの金もすぐになくなってしまうことだろう。

「どうせスリランカ政府は、俺たちのことなんか助けてくれないんだ。知ってるか? 奴らは外国から援助物資が届いても、みんな身内のシンハラ人に送ってしまうんだ。俺たちタミル人はいつも後回しなのさ」
 漁師は吐き捨てるように言って、また酒をあおった。そこには多数派のシンハラ人に対する少数派のタミル人達の長年の不満が込められていた。

 一方、この地域を支配する側であるスリランカ軍の兵士は、漁師とは全く違う見方をしていた。
「津波によって漁に出られないというのは、ほとんどが嘘だ。そういう嘘に惑わされないで欲しい。実はLTTE(タミル人武装勢力)のリーダーが、タミル人の漁師に漁に出ないように命令しているんだよ」
 ジャナカという名の軍曹は、流暢な英語でそう言った。彼は10年前、25歳の時に志願して軍隊に入った。当時はまだ激しい内戦が続いており、自分の力でタミル人ゲリラから国を守りたいと考えたのだという。

ジャフナ郊外の浜辺で、水揚げされたエビを茹でて塩漬けにする作業が行われていた。
 「でも、どうしてLTTEのリーダーは、漁師にそんなことをさせているんですか?」
「困っているフリをすれば、政府からの援助がたくさんもらえると思っているんだろうな。そしてその援助を横取りするのがLTTEの狙いだ。彼らはそれを戦いのための資金源にしようとしているんだ」

 タミル人の漁師と、シンハラ人の兵士の話は、根本のところで食い違っていた。彼らのどちらもが真実を語っているようでもあったし、どちらもが偽の情報に振り回されているようにも見えた。
 おそらく、どちらの話にもある程度の真実と、ある程度の嘘が含まれているのだろう。僕はスリランカ各地を約一ヶ月間転々とし、立場の異なる人々から話を聞く中で、そう考えるようになった。

 スリランカ政府による津波被災者に対する援助が遅れているのは明らかだった。しかし、それはタミル人地区に限ったことではなく、他の地域でも同じように遅れていた。もともと、この国には今回の津波のような大災害に対処できるだけの行政能力はなかったのだ。

 しかし、その事実をどのように捉えるのかは、立場によって大きく異なる。事実はひとつでも、真実はひとそれぞれ違うのだ。民族間の対立や不信感は、真実の持つ意味を容易にねじ曲げてしまう。そして「悪いのは奴らだ」といっては、お互いの足を引っ張り合うことになる。今のスリランカ北部はそのような状態にある。そんなことをしても、得をする人間なんて誰もいないというのに。



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