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足の裏がやけどしそうに熱くなった真昼の砂浜を、一人でとぼとぼと歩いていた。アンドラ・プラデシュ州の海岸線沿いに点在する小さな漁村にバイクを止めて、海に向かって歩き出したまではよかったのだが、あまりの暑さと足元をすくう柔らかな砂地に、すぐに足どりが重くなってしまった。
砂浜には十隻ほどの漁船が船底を空に向けた格好で並んでいる。今日の漁はすでに終わったのだろう。夜明け前に船を出して、明け方頃に浜に戻ってくる。そのような近海漁業を営んでいる集落のようだ。村人は家で昼寝でもしているのだろう。活気のない漁村ほどつまらないものはない。
仕方ない、引き返すか。そう思って頭を上げたときに、思いがけないものが目に飛び込んできた。鮮やかな赤いサリーを身にまとって漁網を引く女たちの姿だった。
なんて美しいんだろう。
白い砂と青い海。その単調な世界に混じった赤い点。その組み合わせが絶妙だった。ありふれた日常の中に宿る偶然の輝き。
僕が探し続けていたのは、こんなシーンだったのだ。そう直感した。
女たちは砂浜に足を踏ん張って、沖に仕掛けた漁網をぐいぐいと引き上げていた。それは紛れもない力仕事の現場だった。誰が見ているわけでもなかった。それなのに女たちはまるでハレの日のような鮮やかな衣装を身につけていたのだ。
普段着がやたらと色鮮やかなのは、漁民だけに限ったことではなかった。畑を耕す女も、工事現場で日雇い労働をしている女も、やはり赤や黄色といった派手な原色のサリーを身につけていたのである。
アンドラ・プラデシュ州に住む少数民族の女たちの衣装もユニークだった。鏡がいくつも縫い付けてある派手なブラウスを着て、腕には十個以上もの白い腕輪をジャラジャラとつけているのだ。これが普段着なのである。
しかし彼女たちのジャラジャラとした腕輪は、田植えや綿花の収穫のときには明らかに邪魔なものである。どう考えても、腕輪を外した方が仕事の能率は上がるはずだ。それでも彼女たちが腕輪を外さないのは、効率や合理性を超えたもの――端的に言えば「美意識」――を大切にしているからだと思う。
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伝統的な美しさとは常に一定の非合理性を含んでいる。逆に言えば、他人から見れば理屈に合わないような奇習の中にこそ、美の源泉があるのではないか。インド人の伝統に対するある種のかたくなさを見ると、そんな風にも思うのである。
インド人は自分たちの伝統文化に対して強い誇りを持っている。極めて保守的だと言ってもいいだろう。特に女性にはその傾向が強く、それはインド女性の大半がいまだに民族衣装であるサリー姿を貫き通していることからもうかがえる。デリーなどの大都会ではTシャツにジーンズ姿の若い女の子を見かけることもあるが、田舎ではそのような欧米スタイルは皆無といってもいい。和服を着るのは成人式や結婚式といった場面に限られてしまった日本の現状とは正反対だ。
もちろんインド女性がサリーを好むのはファッションに対する「かたくなさ」の表れだけではない。根強いサリー人気の背景には「洗濯のしやすさ」という要因があることも見逃せない。サリーは一枚の長い布であり、普段着用なら生地も薄いので、とても簡単に洗濯できるのだ。だから、たとえ力仕事の現場でサリーが汚れてしまっても、すぐに洗うことができるのである。
インド人は洗濯好きである。ため池や川岸、井戸や滝のそばなど、水のあるところに行けば、そこには必ずサリーを洗濯する女たちの姿がある。
インド流の洗濯は、衣服を手に持って大きく振りかぶってから、思い切り石に打ち付ける豪快なものだ。バシン、バシンという景気のいい音が、あたりに響き渡る。そうやって洗濯の終わったサリーはすぐに地面に広げておけばいい。強い日差しと乾燥した空気によって、たちどころに乾いてしまうのである。
カラフルな女たちとは正反対なのが、男たちだった。南インドの男たちはルンギーと呼ばれる腰布を巻くスタイルを基本としているのだが、汚れたり破れたりしている服をそのまま着ている人も多く、女たちのように身なりに気を配っている人はあまりいなかった。
にもかかわらず、僕はインドの男たちに強く惹かれるものを感じていた。あるいはカラフルな女たちよりも、被写体としての魅力は上だったかもしれない。それは彼らが贅肉など一切ない引き締まった肉体を持っていたからだった。上半身裸になり、汗をしたたらせながら働く筋肉質の男たちには、無駄なもののないシンプルな美しさが宿っていた。必要なものが必要なだけある機能的な美。それがインド人男性の美しさの本質だった。
インドでは、南に下れば下るほど人々の肌の色が黒くなる傾向があるのだが、その南インドの男たちの褐色の肌が焼け付くような太陽光線に照らされると、まるで上質の漆器のようにつややかに輝くのだった。
肉体というのは、それだけでとても美しいものなのだ。僕は改めてそう感じた。
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