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「一ヶ月以内にスマトラ島の端から端まで行く」という大まかな予定はあったものの、一日にどれだけ進むかはその日の気分次第だった。気に入った場所があればバイクを止めて歩き回り、海を眺めたり写真を撮ったりしながら、ゆっくりと進んだ。
田植えをしている人たちがいればバイクを止めて田んぼの中に入ったし、漁村があれば浜辺を歩き、波打ち際で足を洗った。「微速前進」という言葉がぴったりの旅だった。
パダンという町に向かっていたときには、椰子の実を売り歩いている男とすれ違った。椰子の実はインドネシアではごくありふれたもので、喉が渇いたときに水の代わりに飲まれている。つまりこの男は水売りのような商売をしていたのだ。
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おじさんは痩せているのに、サルは太っている。サルの方が立場が上なんだろうか? |
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ユニークなのは、売り物の椰子の実の上に一匹のサルが座っていたことだった。しかもマスコット的なかわいらしい小ザルではなく、人の子供ほどの体格を持つ大人のサルである。おそらくジャングルで捕まえたのを育てているのだろう。サルの落ち着き払った物腰からは、人に飼われはじめてから既に長い月日が経っていることがうかがえた。
不思議なのは、サルが商売の役に立っているようには見えないところだった。サルが椰子の実をナタで叩き割ってくれるほど有能なわけではないし、そうかといって子供たちが歓声を上げて集まってくるほど珍しい存在ではない。手付かずの自然が多く残るスマトラ島では、サルはわりにありふれた動物なので客寄せにはならないのだ。それではなぜ椰子の実の上にサルがいるのか。それがさっぱりわからない。
試しに椰子の実をひとつ買ってみたのだが、サルは何もせず、ただ椰子の実の上に座り込んで、あたりをキョロキョロと眺めているだけだった。
(後で聞いたところによると、このサルは椰子の木に登って実を取ってくるように訓練された有能なサルらしい。それが本当なら、妙に態度がデカかったのも頷ける。サルあっての椰子の実だったわけだ)
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自分の意志によって止まるのではなく、誰かによって「止められる」ことも何度かあった。その代表格が警察の検問だった。二、三人の警官が道路の真ん中に立っていて、行き交う車やバイクを片っ端から止め、免許証や積み荷をチェックしているのだ。そんなことをしても渋滞が起こらないほど、スマトラ島の道は交通量が少ないのである。
警官に止められると、僕はパスポートとバイクの登録証を出して自分が日本人であることを説明する。英語はまず通じないので、インドネシア語である。
「私はメダンから来て、○○へ向かいます。インドネシアには○日います。このバイクはメダンで買いました」
僕の即席インドネシア語で説明できるのはここまでで、それ以上複雑なことを聞かれると、首を捻るしかない。しかしほとんどの場合は、「あー、日本人なの? これがパスポートね。オーケー、行ってもいいよ」ということになる。
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「俺を撮れよ」と言ってポーズをとる警察官。陽気な男だった。 |
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一度だけ「免許証を見せろ」と言われたことがあった。そのときは持っていた国際運転免許証を渡して事なきを得たのだが、実はこの国際運転免許証はとっくに有効期限が過ぎたものだったのである。さらに言えば、インドネシアは国際運転免許の条約に加盟していないので、国際運転免許証というもの自体この国では何の法的根拠もないただの紙切れにすぎなかったのだ。つまり僕は約一ヶ月間無免許運転を続けていたわけだが、それを厳密にチェックするような警官は一人もいなかったのである。
武器や麻薬を運んでいないかを調べるとかで、荷物の中身をあらためられたこともあったのだが、そのときも僕のバッグの中にカメラが入っているのを見つけた警官が、「これで俺を撮ってくれよ」なんて言い出したことで、もう荷物検査の件はなかったことになってしまったのだった。
インドネシアの警官はアジア的おおらかさを持っていた。良く言えば融通が利く、悪く言えばルーズな存在だった。僕が何事もなく旅を続けられたのは、彼らのルーズさのお陰でもあった。
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生姜と共に豚肉を煮込む。スマトラ島の料理はやたら辛いことで有名だが、これはかなりマイルドな味付けだった。 |
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パッカットという町の近くで出くわしたのは、山岳民族バタック族の結婚式だった。
バタック族はキリスト教徒なので、式は教会で挙げ、参加者には豚肉が振る舞われる。大鍋で豚肉をグツグツと煮る光景は、豚を食べないムスリムが大半を占めるこの国ではかなり珍しい。二日間で200キロもの豚肉が消費されるという。
花嫁は化粧映えのする大作りな顔の美人だった。それに対して新郎の方は若干頼りなさそうだった。きっと普段はTシャツしか着ない農民なのだろう。スーツなんて着慣れないものを着て、緊張した面持ちで歩く新郎の姿はちょっとほほえましかった。
新郎新婦はまずお互いの家を行き来して内輪だけの儀式を行い、それから20分ほど歩いたところにある教会に向かった。
教会は200人の村人全員を収容してもまだ余裕があるほど広かった。電子オルガンで賛美歌が演奏されると、緑のドレスを着たおばさんコーラス隊がそれに合わせて唱う。この村の人々の宗教に対する真摯さが伝わってくるような心のこもったハーモニーだった。
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