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ベトナム一周のルート
 ベトナムの国土はよく「天秤棒」にたとえられる。地図を見ればすぐにわかることだが、ベトナムというのは南北に細長ーく伸びた国である。南北はおよそ1600kmもの長さがある一方で、東西は最も狭いところだと50kmほどの幅しかない。まさにベトナムのおばさんたちが担いでいる天秤棒そっくりの形なのだ。

 その細長ーいベトナムをバイクで一周することになってしまった。「なってしまった」なんて言い方をしたのは、もともと僕にはベトナムを一周するつもりなんてなかったからだ。最初は南から北へと縦断する予定だった。ホーチミン市でバイクを買い、海沿いの道を北上してハノイまで行き、バイクを売り払ってから日本に帰ろうと考えていたのだ。

 しかしホーチミン市で中古バイクを安く手に入れるのは僕が考えていた以上に難しいことだった。ご存じのようにベトナムにはイナゴの群れみたいに大量のバイクが走り回っているので、中古バイク自体はたくさん出回っているのだが、外国人に対してあきらかに法外な値段を吹っ掛けてくる業者ばかりだったのだ。

「中古で一番安いやつ? それなら800万ドン(6万円)だねぇ」
 ケチくさい顔をした店主が指さしたのは、ずらりと並んだバイクの中でもとびきりのボロだった。一応ホンダ製だが、2世代以上前のモデルで、状態も良くなかった。ボディーは昔のガンダムみたいなヘンなカラーリングが施されている。ベトナムの「痛車」だ。これでは後で買い取ってもらうときに安い値段しか付かない。
「もっと新しいのが欲しいんだけど」
「だったら、これなんてどうだい? 2年前のホンダだよ。新品同様だな」
「それはいくら?」
「1300万ドン(10万円)だね」
 高い。確かに状態は良さそうだが、値段も新品と変わらないのでは話にならない。新車のホンダが11万円で買えるのに、中古を10万で買う奴なんているもんか。

日焼けを気にするベトナム女性の必需品といえば、この「すげ笠」。まだ幼い女の子も、このファッションアイテムをちゃんと着こなしているのはさすがだ。
 泊まっていたホテルのマネージャーに、中古バイクを安く手に入れる方法を知らないかと相談してみると、「それだったら俺のバイクを買わないか?」と持ちかけられた。しかし彼の言い値も9万円と高かった。
「このバイクは必ず高く買い取ってもらえる」と彼は言った。「ナンバープレートを見てくれよ。1357って書いてあるだろう? 右に行くほど数字が大きくなっていく。これはベトナムではとても縁起が良いことなんだ。ラッキーナンバーなんだ。このナンバー目当てに買う人だっているぐらいさ」
 ベトナムで末広がりの数字が縁起の良いものとされているのは事実なのだろう。しかし日本人の僕にはその数字にどの程度の価値があるのかはわからなかった。

 中国製の中古バイクなら3万5000円で売ってやるという業者も現れた。激安である。
「でもメイド・イン・チャイナだからねぇ。はっきり言ってお勧めできないよ」
「どうしてですか?」
「よく壊れるんだよなぁ。形は日本のバイクにそっくりなんだけど、中身は全然違うんだ。買ってから1ヶ月もしないうちにエンジンが止まったり、ギアボックスがイカれたりするんだ。あんた日本人なんだろ? 悪いことは言わないからホンダにしときなって」


 中国製のバイクの悪評はベトナム各地で耳にした。ベトナムでも数年前に安さを武器にした中国製のバイクが市場を席巻したことがあったのだが、その人気はたちまち下火になってしまったという。バイク屋の店主が言ったように、中国製バイクはあまりにも故障が多く、その修理費用や下取り価格の低さなどを考えれば、少々高くても日本製バイクを買った方が経済的だということに気付いたからだ。ベトナム人にとってバイクは非常に高価な「財産」であると同時に、誰もが必要とする生活必需品でもある。当然のことながら、品質に対する目はとてもシビアなのだ。

 中国製のコピーバイクは外見はもちろんのこと、そのブランド名にもいかにも日本っぽい響きのものが付けられていた。たとえば「Fujiki」や「iMoto」や「KAZU」といった名前である。「ひょっとしたら日本のバイクかも?」という誤解(あるいは意図的な欺き)を狙っているのかもしれない。そんな「なんちゃって日本名」の中でももっともインパクトが強かったのは「SINUDA」だった。「死ぬだ」――いったい誰がどういう理由で命名したのかは知らないが、こういう縁起の悪いバイクには絶対に乗りたくないと思った。おら死ぬのはイヤだ。

「HONCITI」という謎のブランド名。もちろん「HONDA」のパクリである。

 結局、僕は外国人旅行者向けの安宿が集まるファングーラオ通り周辺で、レンタルバイクを借りて旅に出ることにした。通常のレンタル代は1日5ドルなのだが、長期で借りる場合には1ヶ月80ドルに割り引いてくれるという。これは安い。他の国のレンタルバイクと比較しても、1日3ドル以下というのは破格だった。

 借りたのは「Wave」という名前のホンダ製の100ccバイクだった。これは今ベトナムにおいてもっともポピュラーな乗り物である。かつての日本における「カローラ」的存在、と言えばわかりやすいだろうか。東南アジアの日本製バイクと聞くと、「スーパーカブ」を思い出す人もいるかもしれないが、カブはどの国でも徐々にマイナーな存在になりつつある。燃費の良さは折り紙付きだが、運転のしやすさや加速性能などは後発のウェーブやフューチャーにかなわないからだ。

僕が借りたバイクはホンダ製の100ccだった。

 というわけで、ベトナムを一周することになってしまった。あくまでも成り行きであり、「借りたものは返さなければいけない」という単純なルールに従ったまでのことだった。レンタルバイクの思いがけない安さにつられてしまったわけだ。「悪くないじゃん。ベトナムを一周するのも」なんて軽いノリだったのだ。
 その安易な思い付きを後悔することになるのは・・・・・また後の話である。


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