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  たびそら > 旅行記 > インド編(2012)


「な、なんだこれは?」
 ラジャスタン州南部にあるジャロルという町をあてもなく歩いていたときに、いきなり目の前に現れた巨大な像は、思いがけない格好をしていた。それはマハラジャのように立派な服を着た高さ2メートルほどの座像なのだが、あぁなんということだろう、股のあいだからおそろしく長くて太いペニスがにょきっと竿のように突き出ていたのである。

「な、なんだこれは?」
 僕が放心状態でこの像を見上げていると、近くの商店街の男たちがわいわいと集まってきた。
「あんた、あんた、この像が何なのか知りたいのかい?」
 サングラスをかけた男が早口の英語で言った。口元はどこかニヤけている。今にも笑い出しそうなのを必死にこらえている感じだ。
「ぜひ知りたいですね」
 僕がうなずくと、男は「ハハハ。やっぱりあんたも知りたいのか」と大笑いしはじめた。この像の奇抜さが外国人にも受けたことがよっぽど嬉しかったのだろう。そりゃ受けるよ。なにしろアソコが丸出しだもんなぁ。

「この像は実在した人物がモデルになっているんだ」
 彫金師をしているというサングラスの男は、真面目な顔に戻って話しだした。
「名前はアーナンド・バイラヴ。このあたりではとても有名な大男だったんだ。2メートルを超える身長と、巨大なペニスの持ち主として知られていた。この像は等身大なんだよ。いや嘘じゃない。実物もこんなに大きかったんだ」

ペニス部分は着脱可能になっている。何のために取り外すのかよくわからなかったけど。
 いくらアーナンド・バイラヴ氏が伝説的な大男だとは言っても「等身大」というのはいささか誇張しすぎだと思う。座っている状態でも2メートルを超えているのだ。しかもその木製のペニス(なぜか像本体からスポッと取り外せるようになっている)は大人の足よりも太くて長いのだった。これがもし本当に等身大だとしたら、彼は巨人を超えて怪物である。

「アーナンド・バイラヴには結婚を決めた相手がいた。町一番の美女で気立ても良かった。二人はお似合いのカップルだったので、町の人はみんな祝福した。ところが結婚式の前夜、彼女は自殺をしてしまったんだ。もちろん彼は嘆き悲しんだ。そしてもう誰とも結婚しないことに決めたんだ」

 アーナンド・バイラヴはずば抜けて大きなペニスと強い精力を持ちながらも、かつて愛した婚約者のことが忘れられず、一生独身を貫いたのだった。彼の「伝家の宝刀」は一度も抜かれることなく、鞘に収められたままだったわけだ。その哀しい愛の物語は、彼の死後も人々のあいだで語り草となり、やがて彼は「子宝の神様」として崇拝の対象になったのである。この町の人々は、結婚したら必ずこの像にお参りして、子宝に恵まれますようにと祈願するのだそうだ。

「アーナンド・バイラヴの力は本物だ。俺もこの像に毎日お祈りしたから、4人の子供に恵まれたんだ。日本人にも効果はあるはずだよ。写真に祈るだけでも御利益はある。あんたがここで撮った写真は、ぜひツイッターやブログで全世界に公開してくれ。もし子宝に恵まれずに悩んでいる日本人がいたら、この写真に祈ればいいよ」

 そんなわけで、僕はアーナンド・バイラヴの子宝パワー全開写真を、今ここに公開しているのである。実際に「効く」かどうかは、皆さんがご自分で試していただきたい。ジャロルの町の男たちは「効果は俺たちが保証する」と言い切っていたのだが。

 それにしてもインドってやつは油断ならない。こんなにもユーモラスで摩訶不思議な像が、街角に何気なく置かれているのだから。

 アーナンド・バイラヴ像は世界にあまたある「子宝の神様」の中でも、間違いなくトップクラスの面白さだ。しかもこれはお寺やほこらといった特別な場所に安置されているわけでなく、誰もが普通に行き来する路地裏に何食わぬ顔で座っているのだからすごい。この道を通る若い女の子たちは、いったい何を思っているのだろう。恥ずかしくはないのだろうか?

 もっとも、ヒンドゥー教には「リンガ」と呼ばれる男性器をかたどった石柱をシヴァ神の象徴として祀る習慣があり、男性器を祈りの対象にすること自体はそれほど不思議ではない。しかしこの像はあまりにもあからさまである。形状も色もリアルペニスそのもの。「象徴」というよりは「まんま」なのだ。

ヒンドゥー寺院には「リンガ」と呼ばれる男性器をかたどった石が置かれている。

リンガに比べると圧倒的にリアルなのがわかる

 さらに奇妙なのは、一人も子供を持つことなく(おそらくは)童貞だった彼が、どうして「子宝の神様」という実際とは正反対の役回りを与えられてしまったのかということだ。
「そんなこと俺に聞かれても困るよ」
 彫金師の男は顔をしかめて言った。
「いつの間にかそうなっていたんだ。アーナンド・バイラヴには普通の人にはない力があった。それが重要なんじゃないかな」

 たくさん子供をもうけることが家族の幸せ。そのような価値観は、20年ぐらい前まではインド全土で共有されていたものだった。しかし今は違う。都会はもとより農村でも、明らかに子供の数が減りつつあるのだ。今回の旅で、僕はそれを強く感じた。若い夫婦はみんな「子供は二人で十分だよ」と口を揃えるのだった。

インドでも子供の数は減りつつある

 「産めよ増やせよ」の時代はすでに終わったのだ。少ない子供を大切に育てて、高い教育を授けようという先進国と同じような考え方が、インド社会でもスタンダードになりつつあるのだ。

 アーナンド・バイラヴの巨大なペニスは、そろそろ歴史的な役割を終えようとしているのかもしれない。


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