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砂漠は静かだった。
聞こえてくるのは、砂塵を巻き上げながら吹き渡るヒューヒューという風の音だけだ。砂漠を貫く州道は分不相応なほどきれいに整備されてはいるのだが、通る車はほとんどない。茫漠とした空白がどこまでも続いている。風の音は仲間を求めて呼び合う孤独な魂の声のように聞こえた。
パキスタンとの国境にほど近いタール砂漠は、さらさらの砂地と風紋が織りなす絵葉書的な砂漠とはかなり趣が違う。むき出しの砂地だけではなく、マリモのような丸っこい灌木が生えている場所も多いのだ。ここは完全なる不毛の大地ではなく、植物も動物も細々と存在する土地だ。だから放牧生活を送る人々もなんとか暮らしていけるのである。
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ラクダと羊を飼っている小さな集落に立ち寄った。一家の父親が、井戸から汲み上げた水で羊の毛をゴシゴシと洗っていた。その横でアシナとヴァナという二人の女の子がラクダに「お座り」をさせていた。さすがはラクダの民の子供。自分たちの体の何倍もあるラクダを意のままに操れることができるのだ。
アシナとヴァナはレンガを円柱形に積み上げた家に住んでいた。藁葺きの屋根はとんがり帽子のかたち。「三匹の子ぶた」の絵本に出てきそうな感じのかわいらしい家だ。
一家の暮らしはとてもシンプルだった。男たちがラクダや羊を灌木が生い茂る所に連れて行くあいだ、女たちは水を汲んだり、薪を運んだり、炊事をしたりしている。家の中にも入れてもらったが、見事なぐらい何もなかった。家財道具と呼べるのは、炊事に使うかまどや鍋などの調理器具だけだった。
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このあたりは冬場の最低気温がマイナス4度にもなり、暑季の最高気温は50度にも達するという。一年を通して寒暖の差が激しく、雨はほとんど降らないから、農耕には向いていない。人々は砂漠の灌木でラクダや羊を育てて、それを市場で売ることによって何とか生計を立てているという。
厳しい土地だ。
しかしそれでも生きている。
人々はその土地にあったやり方を見つけて、しぶとく、たくましく生き抜いているのだった。
体内にたっぷりと水を蓄えることができるうえに、自分の体温を上下させられるラクダは、「砂漠の船」と呼ばれるほど乾燥と暑さに適応した動物である。ラクダはロバよりはるかに多くの荷物を運べるし、牛車が行けない砂地にも入ることができる。自分でエサを見つけることだってできるし、2週間から5週間も水を飲まずにいられるという。こうして人に飼い慣らされたラクダは、帆船よりも有利な輸送手段として、アラビア世界とインドとを結ぶ交易に多大な貢献をしたのだった。
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かつて砂漠を行くキャラバン隊が担っていた役割は、すでに大型トラックに取って代わられてはいるが、それでもタール砂漠周辺の町では、今でもラクダを有能な使役動物として使っている。
ラジャスタン州北部のレンガ工場でも、ラクダが活躍していた。日干しレンガを炉まで運んだり、完成したレンガを運び出したりする役目を、ラクダ車が担っているのだ。他の地域では牛車やトラクターを使うところだが、ラクダの方が多くのレンガを運べるし、水をやる回数も少ないので、より効率的なのだという。
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ラクダの素顔は意外にユーモラスだった。比較的無表情に見える牛や羊などに比べると、喜怒哀楽がはっきりと顔に表れるのだ。眠っているのを起こされると、あからさまに不機嫌な顔をして大あくびをする。腹が減ると巨大な舌をベローンとたらして空腹を訴えるし、食事が終わって満足すると、歯をむき出しにしてシーハーシーハーと笑ったりするのだ。
飼い主がラクダの顔にタバコの煙を吹きかけてみせたことがあった。ラクダはタバコの煙に弱いらしく、そのにおいを嗅いだ途端、「グブッグブッ」というため息を漏らして口から白い泡を吹きながら、その場にヘナヘナと座り込んでしまったのだった。
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ラクダは「絵になる」動物でもあった。
頭のてっぺんが地上3m近くに達する巨体もインパクト大だが、自由自在に曲げることができる長い首も他の家畜にはない重要なアクセントになっていた。ラクダは体を前に向けたまま首だけを真後ろに向けることもできるし、そのまま首をぐいっと下にさげて、自分のお乳を飲むことだってできるのだ。
長い首をグイッと伸ばし、つぶらな瞳で遠くを見つめながらゆったりと歩くラクダは、砂漠の風景にあまりにもよく馴染んでいた。
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