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  たびそら > 旅行記 > ミャンマー編(2013)


犬に噛まれる


 ミャンマーをバイクで旅するのはそれほど危険ではなかった。道路のコンディションはお世辞にも良好とは言えないのだが、他のアジアの国々に比べると交通量が圧倒的に少ないのだ。

 ベトナムやタイのように「一人につき一台バイクを持っている」というような状況にはほど遠いし、自動車を持っているのはお金持ちだけである。農村での主な移動手段はいまだに牛車であり、その牛車はアスファルトの路面ではなくて側道を通っている。だから交通事故に遭う可能性はかなり低かったのである。

【動画】ミャンマーの田舎道をバイクで走る

二人乗りの自転車がのんびりと行き交う

馬車や牛車も多い

警戒心の強い犬はよく吠える
 ところが思わぬところに危険が潜んでいた。バイクを降りて農村を歩き回っていたときに、犬に噛みつかれてしまったのだ。ほとんどのミャンマーの犬は日陰でぐーぐー昼寝をしているだけなので特に危険はないのだが、この犬は何を思ったかいきなり僕めがけて突進してきて、そのまま太ももの裏にがぶりと噛みついたのである。

 そのときまで僕には「犬には噛まれない」という変な自信があった。アジアには飼い犬か野良犬かよくわからない犬がたくさんいて、僕のように完全なよそ者には盛んに吠えかかってくるのだが、それは不審者に怯えているだけであって、こちらが余裕のある態度で臨んでいれば噛まれることはない、と確信していたのだ。

 しかし、その自信は一瞬にして崩れ去った。僕はとっさに足を振り上げて犬の攻撃をかわそうとしたのだが、犬の二本の前歯が太ももにざっくりと突き刺さった。

 幸いにして傷は深くなかったし、痛みもなかったのだが、気がかりなことがあった。狂犬病である。「狂犬病は発症すると100%死ぬというとても恐ろしい病気だ」と何かの本で読んだことがあった。もちろん日本のように予防接種が義務づけられている国なら噛まれても問題はないのだが、ミャンマーの田舎の犬が予防接種を受けているとは思えなかった。

 犬の飼い主である農家のおばさんも、一応傷の手当てはしてくれた。ターメリックらしき黄色の粉を油で溶いたものを傷口に塗ってくれたのである。たぶん消毒薬のつもりだろう。おばさんは身振りで「これをつけときゃ大丈夫だよ」みたいなことを言うのだが、その民間薬にどれほどの効果があるのかは全く未知数だったのである。

たいていの犬はぐうたら昼寝しているだけなのだが・・・

 あとでこの出来事をミャンマー人の僧侶に話すと、彼は真面目な顔をしてこう言った。
「あなた、犬の肉を食べたことがあるでしょう?」
「ええ、確かにベトナムやラオスで食べたことがあります」
「きっとそのせいですよ。犬の肉を食べた人は、犬に憎まれるようになるんです。我々僧侶が守るべき戒律の中にも、『十種類の動物の肉は食べてはいけない』というのがあるんです。鶏や豚や牛はかまわない。けれど、人間の肉、犬の肉、蛇、ライオン、虎、象、レオパードは食べてはいけないのです」

 因果応報という観点で見れば、納得できる話ではあった。しかしそれならばなぜ鶏につつかれたり、牛の角で突かれたりすることがないのか、という疑問が残る。それに犬はともかくとして、「禁食リスト」に挙げられた他の動物は、食べようと思ってもなかなか食べられるものではない。虎? ライオン? レオパード? そんなの動物園にでも行かないと見られないじゃないか。



「確かに犬の肉は食べましたよ。でもそれから1年以上何もなかったんです。たくさんの犬とすれ違ったけど、噛んできたのはあの犬だけだったんですよ」
「いやいや、犬肉を食べたのがいけなかったんですよ」

 そう確信を持って言われてしまうと、もはや返す言葉がなかった。それじゃあ、もうすでに犬肉を食べてしまった人間は、これからどうすればいいのだろう。常に犬に噛まれる危険と隣り合わせってことなのだろうか。それも困った話である。犬というのはどこの国にもいる。犬を避けながら旅することなんてできないのだ。


 よそ者に対する警戒感の強い犬とは違って、ミャンマーの猫は実にのんびりしている。カメラを向けても逃げるそぶりも見せずにじっとしているから、写真にも撮りやすかった。たぶん厳しい生存競争を生き抜かなければいけない「野良」ではなくて、人から食べ物をもらっている半飼い猫なのだろう。



 猫のいる風景って、なぜかほっとする。
 そこに猫がいるだけで、平和なミャンマーがよりいっそう平和に感じられるのである。





薬局の店先で白目をむいて眠る猫。ミャンマーの猫って警戒心がないというか、どこでも寝ています。ま、人間だって同じだけど。

僧衣を仕立てる店にいた猫。ミャンマーの猫はよく街に馴染んでいる。ふと気付けばそこに猫がいるって感じだ。





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