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  たびそら > 旅行記 > インド編(2012)


 旅人の血が妙に騒ぐ土地がある。
 あ、これは何か面白いことが起こりそうだな、という予感が頭をよぎる瞬間がある。

 ケララ州から山を越えてカルナータカ州南部に入ったときにも、何かが起きそうな胸騒ぎを感じた。空気の乾き具合や埃っぽい匂いの中に、直感に訴える何かが含まれていたのだ。

 そう、こっちでいいんだ。このまままっすぐに進め。
 僕は皮膚感覚を通して伝わるメッセージに従ってバイクを進めた。

 道は悪かった。悲劇的と言ってもいいほどの悪路だった。舗装はボロボロにはがれ、砂埃がもうもうと舞い上がる田舎道。交通量は少ないのだが、あまりにも道が悪いので、時速30キロ出すのが精一杯だった。それでも気分は高揚していた。前のめりの気持ちで、ピンと背筋を伸ばして、あたりを見渡しながらバイクを走らせていた。

 道が悪ければ悪いほど、いい出会いが待っている。
 それはインドのみならずアジアのどの国にもあてはまる経験則だ。
 案の定、悪路の先に待っていたのは魅力的な光景だった。(もちろん「少なくとも僕にとっては」というカッコ付きだけど)

ビンロウの実の皮をむく女たち
 まず最初に出会ったのが、ビンロウの実をむく女たちだった。ヤシ科の植物であるビンロウの実の皮をむき、中から白い種子を取り出して、それを赤い液体と一緒に煮込んでから、天日で乾かすのだ。

 この乾燥ビンロウに各種のスパイスと石灰などを混ぜ、キンマの葉っぱで包んだものが、インドの伝統的嗜好品「パーン」である。

 パーンを口に入れてくちゃくちゃと噛んでいると、スパイスと唾液が混ざって化学反応が起き、真っ赤な汁が出てくる。パーン愛好者はこの赤い汁を飲み込まずにぴゅっと地面に吐き出すので、インドの道には赤い唾液のあとが点々と残っている。事情を知らない人が「インド人は道で血を吐いている!」と勘違いするのも無理はない。



ビンロウの実を素早い手つきでむいていく

ビンロウの種子(ビンロウジ)はこんな色

ビンロウジを赤い液体と一緒に煮込む



 パーンにはタバコと同じように中枢神経を刺激する作用と依存性があって、一日中パーンをくちゃくちゃと噛みながら、ひっきりなしに赤い唾を吐き続けている人もいる。「パーンは消化を助けるから健康に良いんだ」と言う人もいるのだが、何十年もパーンを噛み続けた人の赤黒く染まった歯を見ていると、とてもそんな風には思えなかった。何ごともやり過ぎはよくないのだろう。

20歳のアンジュ
 この村の女たちはとても陽気で親しかった。僕がカメラをさげて歩いていると「アタシを撮ってよ」とか「この子撮ってちょうだいよ」などと声を掛けてくるのだ。そして僕が撮った写真をデジカメのモニターで見せてあげると、
「スーパー!」
 と言って、親指と人差し指を丸めて「OK」のサインを作るのである。何が「スーパー!」なのかよくわからないのだが、たぶん「いいね!」という意味なのだろう。

 チャイとビスケットをご馳走してくれた20歳のアンジュは、まだ9ヶ月の娘を抱えた若い母親だった。このあたりでは女性が10代で結婚するのは珍しいことではないらしい。早婚多産がこの村の習わしなのかと思って、
「子供は何人欲しいの?」と訊ねてみると、
「一人でいいの」という意外な答えが返ってきた。


 彼女は農家の長男のお嫁さんなのだが、どうしても跡取り息子が必要とされているわけではないらしい。娘一人でも全然かまわないという。若い世代には、そういう考え方が急速に広まっているようだ。「男子を産むために次から次に子供を作る」という伝統的な慣習は、すでに過去のものになりつつあるのかもしれない。都会に住む人だけでなく、このような田舎の村においても。



 カルナータカ州では数多くの「はたらきもの」たちの姿を写真に撮ることができた。

 ラニベンヌルという町の近くでは、女たちが黙々とトマトの受粉作業をしていた。ピンセットを使ってつぼみを開き、おしべとめしべをくっつけていた(あまりにも細かすぎて、何をしているのかはっきりとはわからなかったのだが)。







 綿花の収穫作業もあちこちで行われていた。人々はたすき掛けにした大きな布の中に、摘み取った綿花をぽいぽいと入れていた。





トウモロコシの袋を担ぐマッチョな男
 トウモロコシの脱穀は豪快な男の仕事場だった。収穫したトウモロコシの穂を専用の機械に投げ込むと、たちどころに黄色い粒とその他の部分とにより分けられるのだ。

 脱穀されたトウモロコシはそのまま袋詰めされてトラックに積み込まれる。一袋100キロもある重い袋をたった一人で背負って運ぶ男たちは、日々の労働で鍛え上げられた本物の筋肉の持ち主だった。

脱穀したトウモロコシを袋に詰める

トウモロコシの皮が、まるで雪のように空を舞う





トウモロコシを満載したトラクターがウィリーしないように、ボンネットにしがみついて「重り」になる男たち。見事、坂を登り切ると「キャッホー!」という嬌声が上がった。


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