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ノンキアウは国道1号線沿いにおいて外国人旅行者が集まる唯一の町だった。この町にはラオス最大の観光地である古都ルアンプラバーンに向かうボート乗り場があり、スローな船旅を楽しむ欧米人のバックパッカー向けのゲストハウスが何軒か建てられていた。
しかし僕にとって、ノンキアウはただの退屈な町でしかなかった。町の規模は小さいし、人々の暮らしぶりにもそれほど特色はない。穏やかな川の流れを眺めながらのんびりとした時を過ごせるのは確かだが、そのためだけにわざわざこんな辺境まで来る必要があるのだろうかと首を捻ってしまう。
ここに長くいる旅行者に話を聞いても、「特に何をしているわけでもない」という答えしか返ってこなかった。川を眺め、ビールを飲み、また川を眺め、本を読み、また川を眺める。そんなことを繰り返しているようだった。
「こんなに贅沢な時間の過ごし方はないね」と僕の隣の部屋に泊まっていたドイツ人の男が言った。「僕は何もない町で、リラックスするためにここにやってきたんだ」
「確かにここには何もありませんね」と僕は同意した。
「美しい川があり、山がある。静けさがある。それで十分だよ」
何もない、という言葉がぴったりと来るのは、何もノンキアウという町だけではなかった。人口も少なく、これといった産業も見所もないラオスという国自体が「何もない」国なのである。そして(僕を含めた)ある種の風変わりな性質を持つ旅行者は、「何もない」場所を目指してここにやってくるわけなのだ。
そう考えれば、ノンキアウこそ最もラオスらしさを満喫できるスポットだ、と言えるのかもしれない。
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ノンキアウの町に一泊した翌日、次なる目的地ビエンカムに向かおうとバス乗り場に行った。ところが運悪く朝のバスは出払ったばかりだと言われてしまった。次のバスが出るのは3時間後だという。
仕方なく町をぶらぶらと歩きながら時間を潰すことにした。すると川に架かった鉄橋の上に、制服を着た中高生たちが大勢集まっているところに出くわした。全部で200人ぐらいはいるだろうか。こんな小さな町のどこにこれだけの数の子供がいるんだろうと驚くほどだった。
引率の先生は「前にならえ」をさせて、生徒たちを等間隔に並ばせていた。いったい何が始まるんだろうと不思議に思っていると、キャン君という男の子が流暢な英語で説明してくれた。
「今日、ベトナムからサッカーチームがやってきて、ラオスのチームと試合をするんです」
「この町で試合をするの?」
「いいえ。ここにはサッカー場はありません。試合はルアンプラバーンのスタジアムで行われます」
「それじゃ君たちにはここで何をしているの?」
「ベトナムの選手を歓迎するんです。もうすぐ彼らを乗せたバスがこの橋を通るんですよ」
なるほど、と僕は頷いた。隣国ベトナムからの賓客をちゃんとお迎えしなさい、というお達しが政府から学校に届いたのだろう。
「君はサッカーが好きなの?」と僕は訊ねてみた。
「実はあまり興味がないんです」とキャン君は言った。「先生に言われたからここに来ているだけです。知っていますか? ラオスのサッカーチームはすごく弱いんです。ベトナムのチームも同じようなものだと思うけど・・・」
しかし待てど暮らせど、ベトナムのサッカーチームはいっこうに姿を現さなかった。生徒たちも次第に待つことに飽き始め、鉄橋の上から紙飛行機を投げたり、全然関係ない一般車両に向かって盛大に拍手を送ったりして、暇な時間をやり過ごしていた。
整列してから1時間が経ち、2時間が経過した。いくら何でも待たせすぎである。連絡ミスか何かがあったのだろうか?
結局、先生たちが集まって協議した結果、これ以上待っても無駄だということになり、中高生たちはぞろぞろと学校に帰っていった。
「どうしたんでしょうね。どこかで昼ご飯でも食べているのかなぁ?」
とキャン君はやや不満そうに言った。サッカーに興味がない彼にしても、これだけ待ったのだから、せめて当初の目的を果たしてから帰りたかったことだろう。その気持ちは僕も同じだった。まったく、ベトナムチームはどこで何をしていたのだろう?
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ビエンカムの町は、ノンキアウからソンテウ(トラックの荷台に乗客を乗せるバス)に乗って2時間のところにあった。このあたりから路面状況が徐々に悪化していった。人々が住む家も見るからに貧しくなり、少数民族の伝統衣装を着たおばさんが薪を背負いながらとぼとぼと歩く姿が目立ち始めた。現代文明から離れた場所に入りつつあるということが、風景からも感じられるようになった。
この町には宿屋と食堂が辛うじて一軒ずつあったが、その質は唖然とするほど低かった。旅行者など滅多にやってこない土地だから仕方ないとは思うのだが、食堂にある唯一のメニューがインスタントラーメンというのは、いくらなんでもひどすぎると思う。しかもそれがとんでもなくマズい代物だったのだ。麺は輪ゴムのように固く、スープはやたら塩辛かった。賞味期限がとっくに切れたものを使っていたのかもしれないが、敢えてそれを確かめたいとは思わなかった。
ビエンカムでは布を織る女の姿をよく見かけた。高床式の家屋の床下には必ず織機と糸車があり、幼い赤ん坊を背負った女や見習いの少女たちが、黙々と織機に向かって仕事をしていた。
機を織るのが女の役割だとしたら、男の役割は森で狩りを行うということになるだろう。この町では猟銃を肩に提げ、森に向かう男の姿をよく見かけた。運がよければ鹿などの大物を仕留めることもあるらしい。
少年たちも狩りを行っていた。と言っても、子供が銃を撃つわけにはいかないので、手製の弓矢を使っての狩りである。主な獲物は小鳥やネズミなどの小動物で、うまく仕留められると、さっそく家の前でたき火をして焼き鳥にして食べていた。彼らにとって狩りは生活の一部であると同時に、遊びの一部でもあるようだった。
少年たちは狩りの道具である弓矢も自分で作っていた。狩りの成果はこの弓矢をいかに精度よく作るかによって大きく左右されるので、彼らも真剣だった。新しい矢を削り出すと、的めがけて試し撃ちをする。それがうまく行けば、友達と連れ立って山に向かい、本物の獲物を狙いに行くのである。
僕がその試し撃ちの様子を見守っていると、ラオラーオを飲んで酔っぱらったおじさんが、何事か文句を言いながら近づいてきた。
「おい、お前ら。そんなんじゃー、全然ダメだ。俺が弓の撃ち方ってもんを教えてやる! よーく見とけ!」
どうやらそんなことを言っているらしい。少年たちは「しょーがないなぁ」という感じで渋々おじさんに弓を渡した。しかし足元もおぼつかないほど酔っぱらった男が、ちゃんと狙いを定められるんだろうか。失敗したら面目丸つぶれだよなぁ。そんなことを思いながら、おじさんの試し撃ちを見守った。
「いいかい、坊主たち。弓ってのはこう持ってだな、ここを見て狙うんだ」
おじさんは解説をしながら、5mほど離れた場所にある的に狙いを定めて、矢を放った。
ドスッ。放たれた矢は鈍い音と共に見事に的の真ん中に命中した。
「オー!」
少年たちは目を丸くする。僕だって驚いた。さすがはベテラン。酔っぱらってもちゃんと的に命中させて、年長者の威厳を保ったのである。
「ま、こんなもんだな。お前たちも、がんばれや」
おじさんはそう言い残して、千鳥足で去っていった。その背中はユーモラスでもあり、ちょっとカッコ良かった。
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