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             モロッコ南部を貫くアトラス山脈。そこに点在する山村を6日間かけて歩いた。 
             春が始まろうとする3月のアトラス山脈は、目の覚めるようなビビッドな光景の連続だった。空は突き抜けるように高く青く、空気はきりりと澄み渡り、太陽の光は直線的で、全てのものの輪郭をくっきりと際立たせていた。谷に咲くアーモンドやウォールナッツの白い花は、日本の桜並木を思わせる華やかさだった。雪解け水が穏やかに流れる渓流と、そのそばに作られた麦畑の緑が、鮮やかなコントラストを描いていた。 
             
             アトラス山脈の美しさは、自然の厳しさと隣り合わせにあるものだった。作物が育てられる平地も少なく、雨はわずかしか降らず、土地も痩せているので、人が住むのには適していないのである。この土地に住むのは、硬い草でも平気で食べる羊たちを飼う遊牧民か、雪解け水を利用してささやかな農業を営む村人しかいない。 
             
             僕らは道案内をしてくれるガイドと、荷物を運んでくれるラバと一緒に荒野を歩いた。ラバは馬とロバをかけ合わせた家畜である。足が短いので長い移動に不向きだというロバの短所と、手入れが面倒だという馬の短所を補うラバは、山村には欠かせない交通手段である。また、ラバはどんな荒れた道でも本能的に最適なルートを選んで進んでいけるという利点も持ち合わせていた。 
             
 僕らは万年雪が残った峠道を登り、増水し始めた沢を渡り、今にも岩が転げ落ちてきそうな危なっかしい崖を下って、村から村へと移動した。山道の大部分は人の住まない荒れ地であり、何時間ものあいだ誰ともすれ違わないこともあった。 
             
             
            
             
             
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             アトラス山脈を旅している間、いくつかの印象的な音を耳にした。頭上に広がる青空と同じように、山に響く音もまたとても澄み切っていたのだ。そこではひとつひとつの音が、日常のノイズに紛れることなくとてもクリアーに耳に届くのだった。 
             
             大きな峡谷の底を歩いているときに聞こえてきたのは、女たちの歌声だった。歌っていたのは、山奥から集めてきた薪を背負って歩く7人の女たちだった。背負った薪の重さが半端ではないことは、女たちの「く」の字に曲がった腰を見れば一目瞭然だった。雨が少なく樹木もわずかしか生えていないこの土地では、燃料用の薪の確保は丸一日がかりの重労働なのである。 
             
             女たちは背負ったものの重さを忘れるために、歌を唄っているのかもしれない。どことなく哀しみを帯びたメロディーを聞きながら、僕はそう思う。決して楽しそうな歌声ではない。しかし深い峡谷に反響する7人のハーモニーには、人の心を静かに打つ強さのようなものがあった。 
             
             一行は僕らを足早に追い抜いていった。歌声は女たちと共に遠ざかり、やがて谷に吸い込まれるように消えていった。 
             
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