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津波で大きな被害を受けたムラボーの町外れに、倒壊寸前のモスクがあった。レンガ造りの壁は崩れ、鉄筋コンクリートの柱のうちの数本は無惨に折れ曲がっていたが、他の柱が天井を支えているお陰で、何とか倒壊を免れていた。
そのモスクの隣には難民キャンプのテントがあった。中を覗いてみると、四、五歳ぐらいの幼い子供達が画用紙に絵を描いていた。不思議なのは、どの子の絵にも壊れかかったモスクが描かれていることだった。
「子供達は津波の絵を描いているんですよ」
僕にそう教えてくれたのは、ジャカルタからやってきたNGOのボランティアスタッフだった。
「津波がやってきたとき、このあたりの人々はあのモスクの屋根の上に登って難を逃れたそうです。そうやって百人以上の人が助かったそうです。子供達にはその記憶が鮮明に残っているんでしょうね」
「どうして子供達に津波の絵を描かせているんですか?」
「それがこの子達を癒すからですよ。子供達は津波によって大きな精神的ショックを受けています。親兄弟を亡くした子もいる。彼らにはネガティブなエネルギーを発散する場が必要なんです。そのひとつの方法が絵を描くことなんです」
人々の命を救った壊れかけのモスク。その屋根の下には、いつものように黙々と午後の礼拝を行う男の姿があった。その後ろ姿からは何が起こっても揺らぐことのない確固たる信念のようなものを感じることができた。
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