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一人の老人がヒンドゥー教の経典を携えて、家の縁側に現れた。経典は古文書のように古びていた。綴じの部分は既にボロボロで、端は焦げたように黒く変色している。
「何年前の本ですか?」僕が聞くと、
「70年。私よりも少し若い」と老人は答えた。
老人はまるで歌うようにお経を読んだ。70年毎朝続けてきた日課だという。僕は黙ってお茶を飲みながら、独特の抑揚のある読経に聞き入った。
70年前に印刷された文字と、それを追う75歳の老人の指とは、離れがたく調和していた。一匹の蠅が小指の上に止まっても、全く気にする様子もなく、老人はお経を読み続けた。
時が一時的に流れを止めたような、静かな朝だった。 |
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