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苦手なもので言えば、実はインド料理もあまり好きではなかった。それもまた最初の旅の印象から来るものだった。初インドでは、主に北部(カルカッタからバラナシを経てデリーに至るもっともポピュラーなルート)を旅したのだが、食堂で出てきたものも屋台で買ったものも、なぜかことごとくマズかったのである。
安食堂のメニューはどこでも「汁っぽいカレー」と「チャパティ」と決まっていたが、特にマズかったのが主食であるチャパティだった。チャパティというのは日本にあるインド料理店で出されるナンとは違って、小麦粉に「ふすま」という混ぜものが配合されている無発酵パンである。焼きたてならまだしも、冷えたチャパティはパサパサの新聞紙を口に詰め込んでいるみたいで、とても食べられたものではなかった。
地元の安食堂に見切りをつけて、外国人旅行者向けのレストランに入ってみても、そこで出てくるのはひどい味付けの西欧料理か、「なんちゃって日本食」だった。この「なんちゃって日本食」というのは、一応「OYAKODON」とか「KATUDON」といった日本食らしい名前が与えられてはいるものの、その味は本物の日本料理とは似ても似つかないという代物である。インド版の親子丼はなぜか生姜風味、カツ丼はケチャップの味がした。
何を食べても美味しくないので、ヨーグルトと果物で空腹をしのいでいた。このふたつはインド人コックが腕を振るう余地のない素材そのものの味が味わえたからだ。
しかし、この「インド料理はマズい」という偏見は南インドの旅を始めるとすぐに消えてしまった。北部料理と南部料理の一番の違いは、主食がパンかお米かということである。稲作が中心の南部では、どの食堂でもあつあつのご飯が好きなだけ食べられた。それだけで僕は十分に幸せだった。味付けなんか二の次でよかった。
インドで美味しい食事にありつくコツは、行動時間を地元の人に合わせることである。そうすれば、売れ残りの冷めた料理を食べさせられることはない。適切な時間に適切な食堂に行くこと。それがインドを美味しく旅するために一番大切なことだとわかったのだ。
朝は少し遅めがいい。8時から9時の間に軽食専門の店に行って、ドーサかワダかプーリーを食べる。ドーサは米粉を発酵させた生地をクレープ状に焼いたもので、ワダは豆粉を揚げたドーナツ、プーリーはチャパティーと同じ生地(小麦の全粒粉)を油で揚げたものである。作りたてであればかなりうまい。食後にはチャイを飲む。勘定は全部で12ルピー(30円)ぐらいだ。
昼はだいたい12時から1時ごろに食堂に入る。そうすれば炊きたてのご飯が食べられる。南インドの安食堂では「ミールス」と呼ばれる定食が出てくる。ミールスはテーブルの上にバナナの皮を一枚敷き、それをお皿代わりにして食べるのが特徴だ。お皿の真ん中にはお椀を伏せたようなかたちにご飯が盛られ、その周りに野菜のカレーが3,4種類盛られる。独特のクセのある漬け物と、水っぽいヨーグルトが付く場合もある。
嬉しいのはお代わりが自由だと言うこと。特に「お代わりをください」と頼まなくても、盛られたご飯が少なくなるとボーイがつかつかと近づいてきて、勝手にご飯を追加してくれる。二回でも三回でも、「もういいよ」と右手で遮る仕草をしなければ永遠にご飯のお代わりは続く。それで値段は20ルピー。60円もしない。
インドの安食堂の多くは「Pure Veg」つまり肉類を扱わないベジタリアン専門の看板を掲げている。肉が入っていると、どんな料理でも急に値段が高くなる。贅沢品なのだ。もっとも、大きな町になると肉が食べられる「Non
Veg」の看板が増えてくるし、都市の郊外には養鶏場も目立つ。もともとインド人はあまり肉を食べなかったようだが、生活レベルが上がるにつれて肉を求める人の数も増えているという。
インドで主に食べられている肉は、鶏と山羊である。ヒンドゥー教徒にとって牛は神様の化身であり、牛肉を食べるのはタブーである。だから食堂で牛肉が出てくることはまずないし、マクドナルドのメニューにもチキンしかない。しかしムスリムやキリスト教徒が多く住む町には、例外的にビーフが食べられることがある。例えばケララ州にあるトリチュールという町の食堂には「ビーフ・ビリヤーニ(牛肉入り炊き込みご飯)」というメニューがあった。しかし味の方はいまいちだった。肉質がひどく硬く、筋張っていたのだ。使役用に飼われていた年老いた牛を安い値段で買い取ってきたのだろう。ちなみにこの「ビーフ・ビリヤーニ」は33ルピーで、「チキン・ビリヤーニ」の45ルピーに比べるとずっと安かった。
南インドの飲み物で特に美味しいのは生ジュースだ。パイナップルやリンゴやミカンなどの果物を丸ごとジューサーに入れ、少量の水と砂糖を加えて出してくれるもので、余計な味付けがされていないから、どの町でも安心して頼むことができた。
僕のお気に入りはぶどうジュースだった。デカン高原でとれた新鮮なぶどうをたっぷり使ったジュースは、甘酸っぱさの中にもしっかりとしたコクがある「本物の味」だった。喉が渇いたときに飲む一杯のぶどうジュースが、インドでの一番の贅沢だった。贅沢といっても、グラス一杯の値段はせいぜい10ルピー(30円)ほどなのだが。
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インドを代表する飲み物といえばチャイだが、このチャイにも地方によって作り方や味に違いがあった。たとえばタミルナドゥ州では、グラスを高々と持ち上げて、豪快に泡を立ててチャイを入れる。熟練した職人になればなるほど泡が上手に立つということだが、確かに手際よく泡を立てるチャイ屋で飲むチャイは例外なくうまかった。
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