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 インド北東部随一の都市であるグワハティからメガラヤ州の州都シロンに至る国道40号線は慢性的に渋滞していた。曲がりくねった急勾配の山道を、何百台ものダンプカーがノロノロと上っていくので、便秘の人の腸みたいに流れが滞っているのだ。二つの都市を結ぶにしてはあまりにも道幅が狭すぎるし、交通量も多すぎるのである。

 シロンは騒音と排気ガスにまみれた居心地の悪い街だったのでさっさと素通りして、さらに南東のジャインティア・ヒルズ地方へ向かうことにした。例によってさしたる目的があったわけではない。せっかくここまで来たんだから、インド東部のさらに奥にまで進んでやろうと思ったのだ。

 シロンから伸びる国道44号線を2時間ほど進んだところに現れたのは、真っ黒い小山がいくつも連なる光景だった。それは石炭の山だった。このあたりには小規模な炭鉱がいくつもあり、掘り出した石炭が道ばたに積み上げられているのだ。

石炭を運ぶ男たち

 石炭はずいぶん原始的な方法で採掘されていた。まず地面に深い縦穴を掘り、その穴の底に人が降りていってツルハシで石炭をかき出していくのだ。穴底から石炭や石ころを運び出すためのクレーンはあるが、機械化されているのはこの部分だけで、あとはすべて人力に頼っていた。労働集約型であり、極めてインド的な炭鉱だった。

炭鉱のクレーン

穴の底から石炭を運び出す
 石炭掘りは「きつい」「汚い」「危険」の三つが揃った典型的な3K職場だが、その分実入りはいいようだ。たとえばトラックに石炭を積み込む労働者の報酬は歩合制で、1台のトラックを石炭で一杯にしたらいくら、というふうに決まっているそうだが、平均すると1日に200ルピーから300ルピーほど稼げるという。これはインドの平均的な肉体労働者の数倍の高給である。縦穴に入って石炭を掘り出す人はもっと稼げるようだ。
「金にはなるけど、危険も多いんだ」
 と石炭を運ぶトラック運転手のマルシーは言う。彼によれば、落盤事故による死者は毎年数え切れないほど出ているという。採掘方法は原始的だし、安全対策も不十分なのだ。これは僕が直接目にしたわけではないが、まだ10歳そこそこの子供たちが狭い穴に潜って働いているという噂も耳にした。
「もし事故で死んだら炭鉱主からいくらか金は出るけど、たいした額じゃない。でも仕方がないさ。俺たちはそれを承知で働いているんだから」
 マルシーはクールに言った。


 ジャインティア・ヒルズ地方で石炭の採掘が始まったのは20年以上前のことだが、特にここ数年はインド国内のエネルギー消費量が飛躍的に増えたために石炭の価格が上がり、ちょっとした「石炭ラッシュ」の様相を呈しているという。数千もの小規模炭鉱が次々と採掘を始めた結果、労働力が足りなくなり、インド国内はもとより隣国バングラデシュやネパールからも労働者がやってくるようになったのだ。




 炭鉱労働者たちが暮らす町ラドルンバイはひどくすさんでいた。町のメインストリートは未舗装のがたがた道で、そこに石炭を満載したダンプカーがひっきりなしに往復するものだから、晴れているときには埃がもうもと舞い、雨が降るとぐちゃぐちゃのぬかるみになってしまう。いかにも急ごしらえでつくられた即物的な町という印象だった。

 ラドルンバイを歩いてみて、まず最初に気がつくのは酒屋の多さだ。酒屋の隣が酒屋で、その隣にも酒屋という具合に、20軒以上の酒屋が並んでいるのだ。僕の知る限りインドでもっとも酒屋密度の高い町である。当然のことながら酔っ払いも多く、まだ昼前だというのに千鳥足で歩いている男や、泥酔状態で道端に寝転がったまま微動だにしない若者がごろごろしていた。

炭鉱労働者の町ラドルンバイ

 肉屋も多かった。鶏肉と山羊肉はもちろんのこと、ヒンドゥー教徒が絶対に口にしない牛肉や、ムスリムにとっての禁忌である豚肉も豊富にあった。メガラヤ州は人口の半数以上をキリスト教徒が占めているので、もともと肉食のタブーがない地域ではあるのだが、それに加えて他の国や地域から大量の労働者が流れ込んでいることが、飲酒と肉食を盛んにしているのだろう。

豚をよく見かけるのもメガラヤ州の特徴だ

 物乞いもよく見かけた。生後間もない赤ん坊を抱いた縮れ毛の母親や、泥だらけの服を着た5歳ぐらいの少女が、小銭が入ったアルミのお椀を手にしてぬかるんだ道をとぼとぼと歩いていた。インドは今も昔も「物乞い大国」だが、その多くが大都市や観光地に集中していて、田舎町にはあまりいない。要するにこの町は金回りがいいのだろう。余分なお金があるからこそ、そのおこぼれに預かろうと物乞いたちが集まってくるのだ。

 市場の雰囲気はまったくインドらしくなかった。モノを売り買いしているのは女性たちで、しかもその顔が東南アジア的なのである。メガラヤ州に住んでいるのはチベット系のガロ族と、モン・クメール系のカーシ族やジャインティア族が中心なので、平地のインド人とは顔立ちが全然違うのだ。

 黒いイモムシを売っていたのもカンボジア人に似た顔立ちのおばさんだった。このイモムシは「ニャンクセ」という名前で、1キロ120ルピー(240円)だという。それが高いのか安いのかはまったくわからないが(イモムシってキロ単位で買うものなのか?)、1キロ50ルピーのブドウに比べれば高価である。売り場はイチゴやスイカなどの果物の隣だったので、デザート感覚で食べるものなのかもしれない。
「ほれ、ひとつ食べてみなって」
 とか何とか言っておばさんがニャンクセを一匹つまんでよこしたが、これにはさすがに顔を背けてしまった。油でカリッと揚げてあったら一口ぐらいは食べられるかもしれないけど、こいつはまだ立派に生きていてクネクネと体をよじらせているのである。絶対にムリ。イモムシを口に入れた瞬間(プチュッと弾ける白い体液!)のことを想像すると、背筋がゾゾゾッとしてしまった。




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