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チッタゴンの街外れにある製塩所も人力に頼っていた。
それは近くの塩田で作られた塩から不純物を取り除くための精製工場で、原料となる塩をいったん水に溶かして不純物を濾し取ったあと、ボイラーで煮詰めることで、純度の高い塩を作っていた。
「この工場で使っている機械は全部バングラデシュで作られたものだ。ここの塩は文字通りメイド・イン・バングラデシュだよ」
マネージャーであるシッダールさんはそう胸を張ったが、実際のところここには近代的な設備など何ひとつないのだった。古いエンジンとそれに繋がれたベルトコンベアーがあるだけ。頼りなのはマシンパワーではなく、マンパワーなのだった。
工場の中は薄暗くて、とても蒸し暑かった。その中で男たちはルンギーと呼ばれる腰布一枚になって、汗と塩にまみれて働いていた。カゴに入れた塩を頭に載せて階段を上る。まるで働き蟻のように黙々とその作業を繰り返していた。
「ハードワークだよ。バングラデシュはすごくプアーな国だからな。もちろん俺もプアーさ。タバコも買えないぐらいだ」
片言の英語でそんなことを話す男もいた。でもその表情には暗さや卑屈さはなかった。自分が置かれた状況をあっけらかんと笑い飛ばしてしまうような陽気さがあった。
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バングラデシュ南部に広がる塩田で、塩を運ぶ男たち。ここで作られた塩が製塩所に運ばれる。 |
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バングラデシュの塩田で特徴的だったのがローラー。これを使って塩田を平らにならしていく。 |
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バングラデシュには文字通り「体を張って」お金を稼いでいる人もたくさんいた。その代表が大道芸人である。
ダッカ郊外の河原で見た大道芸人は体の柔軟さや瞬発力をアピールしていた。技の内容は「体操が得意なその辺のあんちゃん」の域を出るものではなかったが、子供たちからはやんやの喝采を浴びていたし、大人たちからかなりのチップをもらっていたから、芸人としてはそれなりに成功しているのだと思う。もしかしたら弁が立つのかもしれないが、そのあたりのことは僕にはわからない。
北西部ラジシャヒ近郊の村でショーを開いていたのは、もう少し本格的な旅芸人の一座だった。
まず披露されたのは「ナイフ投げ」である。ベニヤ板の前に男を立たせて、彼の体に当たらないようにナイフを投げるわけだ。南アジアのウィリアム・テル。おじさんは目隠しをされた状態でもちゃんと狙ったところにナイフを投げていて、これには観衆からため息と拍手が送られていた。
座長の得意技は自転車の曲乗りだった。彼はまず自転車に乗ったままで逆立ちをしてみせた。それから両手に自転車を抱えた状態で、自転車を漕ぐという荒技を披露した。なかなかのものである。パワーとバランスの両方が必要だ。その次は両手に自転車を抱え、さらに口に机をくわえた状態で、自転車を走らせた。おぉ、これはすごい。拍手喝采である。
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最後の大技は自転車4台を抱えて走る。まわりの男が必死で支えているようにも見えるが・・・。 |
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観客の目を十分に楽しませ、雰囲気が盛り上がってきたところで、いよいよメインイベントが始まった。さっきナイフを投げていた男が銀色の指輪を取り出して、なにやら口上を述べ始めたのだ。
「この指輪には不思議なパワーが宿っています。人の心を自由に操れるのです。そんなことできるはずがないって? それじゃ今からやってみせますよ。よくご覧ください。ここにお越しいただいたのはこの村の若者です。私がこの指輪をはめて呪文を唱えると、彼は正気を失ってしまいます。ご心配には及びません。ちゃんと後で元に戻しますからね」
指名を受けた若者はおずおずと前に進み出て、言われるがままに頭の上に手を置き、ゆっくりと目を閉じた。ナイフ男が彼の耳元で呪文を唱えだすと、その効果を高めるようにドラムが激しく打ち鳴らされた。ドンドンドンドン。
するとどうだろう。若者は正気を失ったように白目をむいて、地面に倒れ込んでしまったのである。なんという効き目。観衆は騒然としている。おい、こりゃ本物だよ。すごいなぁ。村人は顔を見合わせて、そんなことをつぶやいている。
「さぁごらんになったでしょう。これが指輪のパワーです。今からこれをみなさんにお譲りしましょう。ここでしか手に入らないものですよ。たったの20タカ。20タカです。欲しい方は手を挙げてください。今だけのチャンスですよ!」
見え透いたトリックだった。きっと「選ばれた村人」は事前に一座から手ほどきを受けていたのだろう。利益の一部をキックバックすることでグルになった。そんなところではないか。
しかしそんな風に疑いの眼差しを向けている人はごく少数で、ほとんどの村人は心の底から驚いていた。そして競い合うように指輪を買い求めていた。純朴というか、素直というか。まぁひとつ20タカと安いから、「ものは試し」と気軽に買っているのかもしれないが。
「田舎者を騙すなんてちょろいもんだよなぁ」
なんて言いながら、今日の売上金を勘定してほくそ笑んでいる座長の顔が、思わず頭に浮かんでしまった。
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