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  たびそら > 旅行記 > 東ティモール編(2013)


多様性に満ちた国


 東ティモールは面積が岩手県とほぼ同じという小国だが、驚くほど多様性に満ちた国でもある。美しい珊瑚礁の海にぐるりと囲まれている一方で、内陸部は標高2963mのラメラウ山をはじめとする山々に覆われているのだ。人口は100万人あまりと少ない(ちなみに岩手県は132万人)のだが、言語は部族ごとに異なっていて、現在でも14から36もの言語が使われているという。「隣村に行ったら話している言葉が違う」なんてことが十分にあり得るのだ。

 家屋のかたちも地方によって様々だった。たとえば東部ロスパロス周辺には、非常に背の高い高床式の家屋が建てられていた。これはキリスト教が布教される以前から伝わる先祖崇拝の儀式を行うためのもの。たとえば誰かが殺されたときに、この家の中で鶏をさばき、内臓の位置をもとに犯人を割り出したり、相手を呪い殺したりしていたのだそうだ。

東部ロスパロス周辺で見られる高床式の家屋

 南部のイリオマールには大木を利用したツリーハウスが建てられていた。自然と一体化したエコ志向の家である。もちろんこれは休日の趣味や、リタイヤ後の道楽で作られたものではない。あくまでも実用を目的として、家族と住むために建てられたものだ。

十分な広さがあるツリーハウス。見晴らしが良さそうな家だ。

 南西部に位置するスアイ・ロロという村では、巨大な屋根を持つ家が建てられていた。森から切り出してきた木材を組み上げ、椰子の葉で屋根を拭くという伝統的な様式だ。専門の大工がいるわけではなく、村の男たちが力を合わせて建てる。日本の田舎にも見られる「結(ゆい)」のやり方である。

スアイ・ロロには大きな屋根を持つ伝統家屋が並んでいる。

村の男たちが協力して新しい家を建てる



元気な女たちが住む村


 スアイ・ロロは昔ながらの生活がそのまま残っている村だった。高床式の家屋に大家族が住み、床下には豚や鶏などの家畜が一緒に暮らしている。家と家との距離が近いので、村には一体感があった。写真を撮ったときの反応も素晴らしかった。撮った写真をモニターで見せてあげると、たちまち笑顔が広がるのだ。

 スアイ・ロロで特に元気なのは女たちだった。伝統の織物タイスを織る若い女、頭の上に薪を載せて運んでいるおばさん、共同井戸で水を汲む少女たち。それぞれの年代の女たちが、自分のやるべき役割をしっかりと果たしていた。

伝統の織物タイスを織る女

炊事に使う薪を運ぶ女

 中でも印象的だったのが、緑内障でほとんど目が見えない老婆が、ほうきで家の周りを丁寧に掃き清める姿だった。何かの宗教儀式のように一心に掃き続けている。そんな何気ない日常が美しかった。

ほうきで掃除する老婆



ティーンエイジャーの半分はモヒカンだ
 この村に限ったことではないのだが、男の子たちの髪型はたいていモヒカン刈りだった。モヒカンは天然パーマで髪質が非常に硬い東ティモール人に向いた髪型なのだ。特別なカット技術もヘアスプレーも必要なく、ただ両サイドを思いっきり刈り上げて真ん中だけ残せばできあがり。その手軽さもウケているのだろう。

 この国ではモヒカンのことを「パンカル」と呼んでいた。おそらく「パンク」から転じたのだろう。ちなみに日本で「モヒカンヘア」という呼び名が定着したのも、1970年代にパンクロックが流行った頃だという。東ティモールは意外にも「パンク魂」を内に秘めた国なのかもしれない。

農村にはヘアサロンはないので、友達同士で散髪し合うのが一般的だ。

 穏やかで牧歌的な雰囲気が漂うスアイ・ロロだが、雨季になると毎年のように大規模な洪水に襲われる災害の村でもあった。特に2013年3月に起きた大洪水は、80代のおばあさんでさえ「記憶にない」というぐらいの規模だったという。激しい雨が三日間降り続き、川があふれて地上1.5mの高さまで水があがってきた。多くの家は水浸しになり、大切な食料や家畜の大部分が失われてしまった。

 未曾有の災害に見舞われても、政府はほとんど何もしてくれなかった。食料援助はわずか1ヶ月行われただけで、あとは自分たちで食べ物を探すしかなかったのだ。そんなとき頼りになったのは、村人同士の助け合いの精神だった。食料が余っている人は、喜んで他の村人にトウモロコシやイモなどを譲ったという。困ったときはお互い様。それが自然災害を生き抜くための知恵だったのだ。

椰子の葉で籠を編む男。穀物を貯蔵するために欠かせない道具だ。



ワニに殺されても、ワニは殺さない


 スアイ・ロロの人々が恐れているのは洪水だけではない。ワニも身近にある危険のひとつだった。村の近くには人を襲うワニが潜んでいて、毎年のように人が食われているのだ。先月も頭と足だけを残して、あとはすべてワニに食べられてしまった人がいた。なんともワイルドな世界である。

スアイ・ロロにある「ワニに注意」の看板

 それでも人々は絶対にワニを殺さない。東ティモールではワニは神聖な存在なのだ。
「東ティモールはワニから生まれた。そういう伝説があるんです」
 と教えてくれたのは、漁師をしながらNPOで英語を勉強している若者だった。
「ワニには特別な力があります。他人のものを盗んだり悪事を働いた人間はワニに食べられてしまうと信じられているんです」

 どうやらこの国のワニには閻魔大王のような役割が与えられているようだ。悪事をすべて見通せる地獄の門番。もちろん閻魔大王と違って、ワニは現実に存在し、人を食い殺すこともある無慈悲な生き物である。そのような凶暴なものがこの世界のどこかに隠れているという恐怖はとてもリアルで、それを悪事をいさめるために利用したのは、実に賢いやり方だと言えるだろう。

「ワニのことを悪く言ってはいけません。ワニはちゃんとそれを聞いていますから」
「でも、ワニの脳味噌ってものすごく小さいんだよ。人間の言葉が理解できるなんて信じられ・・」
「シー!」
 彼は真顔で僕の言葉を遮った。そして唇に指を当てて、静かに首を振った。そんなことを言っていると、あなたもワニに食べられちゃうよ、とでも言うように。彼らにとってワニの恐怖は絵空事などではないのだ。

 人は自然の支配者などではない。洪水に襲われたり、ワニに食べられたりしながら、この村の人々は荒ぶる自然と共に生きてきたのだった。

 思い通りには行かない自然を象徴するもの。それがワニなのである。

スアイ・ロロの漁師は両脇に浮きの付いた小型のボートで漁に出る。




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