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            |  | バイクの鍵が見つからない!
 
 僕は旅先でものをなくしたり盗られたりしたことがほとんどないのだが、スアイ・ロロの村では珍しくやらかしてしまった。ポケットに入れておいたはずのバイクの鍵が、いつの間にかなくなっていたのだ。
 
 思い当たる節がないわけではなかった。この村の住人たちはとても気さくでいい人たちなのだが、あちこちで寝転がっている犬たちはやたら喧嘩腰で、見なれないよそ者(どういうわけか奴らはすぐにガイジンを見抜いてしまうのだ)に向かって遠慮なく吠えかかってくるのである。
 
 
 
              
                
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                        | こうしているとかわいいのだが、吠え始めるとしつこいのがスアイ・ロロの犬だった。 |  |  |  
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                        | スアイ・ロロには豚や鶏の家畜もたくさん飼われていた。 |  |  |  
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 しつこい犬への対抗策として僕が選んだのが、石を投げつけることだった。命中しなくてもいい。調子に乗って吠えまくっている犬を少しでもビビらせることができれば、それ以上しつこく吠えてこないだろうと思ったのだ。やられている一方ではいけない。こちらにもやり返す意思があるのだと見せつけなければ、奴らは増長するばかりなのだ。
 
 適当な大きさの小石を拾ってズボンのポケットに忍ばせ、しつこい犬に向かって投げつける。それを何度も繰り返すうちに、同じポケットに入れていた鍵がポロッと落ちてしまったのだろう。あのいまいましい犬たちさえいなければ、こんなことにはならなかったのだ。そう思うと無性に腹が立った。
 
 とにかく一刻も早く鍵を探し出す必要があった。スペアキーは持っていないから、鍵がなければどこにも行けなくなってしまう。
 
 問題は、この広い村のどこに鍵を落としたのかがさっぱりわからないことだった。なにしろ丸一日かけて村の隅から隅まで歩いて写真を撮っていたわけで、その道のりをすべて辿るとなると、捜索範囲は膨大になってしまう。残された時間も少なかった。日没が間近に迫っていたのだ。
 
 
 
              
                
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                        | この広い村で小さな鍵を見つけるのは予想以上に難しかった。 |  |  |  
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 とりあえず今歩いてきた道を戻りながら鍵を探していると、村人たちが「どうしたんだ?」と声を掛けてくれた。
 「バイクの鍵をなくしちゃったんですよ。どこにあるかわからなくて」
 片言のインドネシア語に身振りを混ぜて話すと、なんとか事情を理解してくれたようで、何人かの村人も一緒に探してくれることになった。ありがたい助っ人だった。さらに暇そうな子供たちも「俺たちも混ぜてよー」というノリで鍵探しに加わってくれたおかげで、捜索隊は20人以上の規模にまで膨らんだのだった。
 
 
 それでも鍵は見つからなかった。村が夕闇に包まれるまで1時間以上あちこち探し回ったのだが、何の成果も得られないまま捜索を打ち切らざるを得なかった。もちろん落胆は大きかった。このまま鍵が見つからなければ、いったいどうやって首都ディリに戻ればいいのだろう。いや、そもそも今泊まっている宿に戻ることすら難しくなってしまうんじゃないか。
 
 暗澹たる気持ちでバイクが置いてある場所に戻ると、一人の若者が英語で話しかけてきた。
 「バイクの鍵がなくても、エンジンをかけることができるんです。試してみますか?」
 「鍵がなくてもエンジンがかかるの?」
 「そうです。あなたはハンドルロックをしていなかったようだから、エンジンさえかかればバイクを走らせることができる。あとは町の修理屋に行って、新しい鍵とロックに交換してもらえばいいんですよ」
 
 
 流暢に英語を話すメルキー君の説明は、簡潔にして要を得ていた。実はバイクのエンジンというのは、カウルを開けてコードをつなぎ替えるだけで簡単にかかってしまうものらしい。つまりその気になれば誰にだって盗めるのである。だからハンドルロックやチェーンロックなどの二次的な防犯手段を施さないといけないのだ。
 
 「ぜひお願いします」
 僕が頼むと、メルキー君はすぐにドライバーを使ってフロントカウルを開け始めた。中の配線を引っぱり出し、ソケットを根元から引っこ抜いて、別のソケットにつなぎ替える。それだけであっさりとエンジンが動き出した。10分もかからない早技だった。
 
 
 
 
              
                
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                        | 最終的にはバイク修理屋でロックごと交換してもらった |  |  |  
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                  |  |  |  |  「ありがとう。本当に助かりました」
 僕はお礼の気持ちを込めて財布からお金を出そうとした。しかしメルキー君は頑としてそれを受け取らなかった。
 「困ったときに助け合うのが、この村のしきたりなんです」と彼はきっぱりと言った。「今日はあなたが困っていたから、僕が助けました。もし次にここに来るとき、誰かが困っていたら、そのときはあなたが助けてください。スアイ・ロロに住む人はいつもそうしているんです」
 
 そんなカッコいいセリフをごく自然に言える彼が素敵だった。そう、彼らはいつも助け合ってきた。洪水が起きて食べ物がなくなったときも、隣人同士が助け合うことで、なんとか生き延びてきたのだ。
 
 
 
 どこからか現れる親切な男
 
 東ティモールの旅は、はじめから終わりまでトラブルに見舞われ続けた。しかしそのたびに親切な男がどこからともなく現れて、僕を助けてくれた。バイクで転んだときに助けてくれたジョーも、パンクを修理してくれたアルフォンスも、鍵のトラブルを解決してくれたメルキー君もそうだった。もし彼らがいなければ、僕はずっと深刻な状況に置かれていたはずだ。
 
 人は誰かの助けなしでは生きていくことができない。トラブルをひとつくぐり抜けるたびに、僕はそれを身をもって感じることになった。たとえ一人で旅していても、誰かの親切や助けがなかったら、前に進むことなどできないのだ。
 
 トラベルにトラブルはつきものだ。異国の地で自由に旅しようとすれば、予期せぬトラブルが起きるのは避けられない。
 
 でも心配することはない。本当に困ったときには、きっと誰かが助けてくれる。
 どんな場所にいても、あなたは決して一人ではない。
 
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