3949 ガート近くの茶店で一杯2ルピーのチャイを飲みながら、僕はバラナシに来て三度目の日の出を眺めていた。何度見ても、それは印象的な光景だった。地平線近くの空は、暗い灰色から深い赤、そして眩いオレンジへと徐々に色合いを変化させ、バラナシの古い街並みもそれに合わせて表情を変えていった。
 ガートは思い思いの格好で沐浴する老若男女で、いつものようにごった返していた。しわくちゃの胸を隠そうともしない老婆。手のひらですくい取った水を朝日に向かって撒いている老人。長い間目を閉じたまま微動だにしない若者。祈りのスタイルにもそれぞれの個性があった。

 インドではチャイは素焼きの器に注がれるから、少し土っぽい味が混じる。飲み終わった器は、地面に叩き付けて割るのが作法だ。なんだかもったいない気もするけれど、土から作ったものがまた土に還るわけだから、理にかなっていると言えるのかもしれない。

 そう言えば、火葬の最後に行われるのも、素焼きの瓶を地面に落として割る儀式だった。もしかしたらあの儀式も、かたちあるものの終わりと、大地への回帰を象徴しているのかもしれない。地平線の少し上で眩しい輝きを放ち始めた太陽を見ながら、僕はそんなことを考えた。

 器の底に残った最後のチャイを飲み干してしまうと、少し力を込めて石畳に叩き付けた。ガシャンという音を、僕は振り返らなかった。そしてガートの石段を一段飛ばしに駆け上がった。

 
 

ふさふさの耳毛

4077 インドの男達は身だしなみに気を遣う。特にヘアスタイルには特別な思い入れを持っている。彼らはいつもポケットの中にクシを忍ばせていて、七三に分けた髪型が少しでも乱れようものなら、それを取り出して素早く整える。インド人の髪質はたいてい固いうえに天然パーマがかかっているものだから、ちょっとした風ぐらいでは乱れようがないのだけど、彼らは常にぴっちりと七三に分けられていないと落ち着かないらしい。

 バラナシ駅の向かい側にある公営バススタンドの窓口の男も、髪は七三に分けられていたし、口髭も整えられていた。服装だってきちんとしていた。それなのに、両耳の穴からはふさふさとした毛が飛び出していた。引っ張れば万国旗か何かがするすると出てきそうなぐらい立派な耳毛だった。
「ここからデリーへ行くバスはありますか?」
 僕はそう切り出したが、頭の中は耳毛のことで一杯だった。この男は自分の耳毛が飛び出していることに気が付いていないのだろうか? いや、そんなはずはない。彼も他の男と同じように、毎日鏡を見ているはずだ。そうでなければ口髭を整えることはできない。ってことは、耳毛はファッションの一部なんだろうか? バラナシではこのスタイルが流行っているんだろうか? そんなことを取りとめもなく考えていると、男の返事を聞き逃してしまった。

「・・・何ですって?」
 僕はひとまず耳毛のことを頭から追い払った。
「デリーへ直接行くバスはないんだよ。あるにはあるけど、すごく遠回りになる。もし、あんたが明日の朝にデリーに着きたいんだったら、カンプールという街まで行って、そこで乗り換えた方がいい。そこからなら、デリー行きのバスがたくさん出ているはずだから」
 意外にも親切な係員だった。耳毛に惑わされてはいけない。
「わかりました。ところで、デリーまでどのくらいかかります?」
「そうだな、カンプールまで9時間。カンプールからデリーまで10時間ってところだな。乗り換えも含めると20時間。あんた、急ぎかね? 急ぎじゃなければ列車にした方がいいよ」
「急ぎってわけではないですけど、今日行きたいんですよ」
 僕がそう言うと、男は変な奴だなという表情をして、軽く頭を振った。ふさふさした耳毛も一緒に揺れた。

4063 実際のところ、20時間もバスに乗り続けなければいけないほど、急ぐ理由はなかった。三度目の日の出を見て、「これでバラナシは十分だな」と思ったから、すぐに移動したかった。それだけなのだ。

 でも、デリー行きの急行列車は、当日も翌日も既に予約で一杯だった。それならば、と旅行代理店に他の方法を当たってみたのだが、バラナシからデリーに行くツーリストバスは存在しない、という返事が返ってきた。
「公営バスを乗り継ぐって方法もあるけれど、やめておいた方がいいよ」と旅行代理店の男は僕に忠告した。「あんたは知らないかもしれないけど、この国のバスはひどいんだ」
「知ってるよ」と僕は言った。「でもカンボジアやラオスに比べたら、まだマシだよ」

 実際、僕はスノウリからバラナシまで公営バスに乗ったのだけど、それほどひどい乗り物だとは思わなかった。もちろん、ゆったりくつろげるような代物ではない。座席は狭く、背もたれは直角で、エアコンもないという、「シンプル・イズ・ベスト」の古いバス。だけど、このバスにはカーステレオも装備されていないから、あのうるさいインドポップスを四六時中聞かされ続ける苦しみを味わうこともなかった。

 
 

長距離バスの退屈さに耐える方法

 カンプール行きのバスは30分おきに出ているので、ほとんど待たされることなく出発した。珍しく空に雲が出ていて日差しが遮られていたので、車内がひどい暑さになることはなかった。もっとも、3月の北インドは日中でもそれほど気温は上がらない。40度を越えるという暑気が始まるのは、4月以降のことだ。僕がインドの旅を急いでいたのは、暑気を迎える前にこの国を脱出したいと思っていたからでもあった。

 外の景色は変り映えのしないものばかりだった。どこまでも一直線の田舎道と、広大な麦畑。所々にある煉瓦工場から出る黒い煙。それが延々と続いていた。バスの行く手を遮るのは、我が物顔で道路に寝そべる野良牛ぐらいだった。

3481 町中の原っぱでは、草クリケットをする子供達の姿が見られた。クリケットは日本では超マイナースポーツの部類に入るので、その存在自体を知らない人もいるかもしれないが、インドでは一番人気のあるスポーツなのだ。

 クリケットは簡単に言えば、「360度好きなところへ打てる野球」である。細かいルールは僕にもわからないが、ゲームの雰囲気はそんなところだ。発祥はイギリスで、現在もインドやパキスタンや南アフリカといった英国植民地だった国では、とてもポピュラーなスポーツだ。サッカーのようなワールドカップも行われているという。

 クリケットがサッカーや野球と違うのは、とにかく試合時間が長いことである。国際試合になると、なんと5日間に渡って延々と試合をやる。一日のゲームの間には、昼食とティータイムまである。優雅と言えば優雅だけど、スピーディーなアメリカンスポーツ全盛の現代にはそぐわないかもしれない。でも、インド人はその5日間に渡る熱戦を、ずっとテレビ観戦していたりする。見る方もやる方も、気が長くないと楽しめないスポーツなのだ。

 クリケットについての興味深いエピソードを、あるパキスタン人が聞かせてくれた。
「ナチスのヒットラーがクリケットの試合を見に来たことがあった。ヒットラーは朝の試合開始から、その日のゲームが終わるまで観戦した。そして『どちらが勝ったんだ?』と側近に聞いた。『総統、試合はまだ終わっていません』と側近は答えた。ヒットラーは次の日のその次の日も朝から試合を見に来たが、余りにも退屈なので、4日目と5日目は試合が終わる頃に見に来るだけになった。そして最後の5日目に遂に試合が終わると、ヒットラーは『どちらが勝ったんだ?』と聞いた。『総統、引き分けです』と側近は答えた。逆上したヒットラーは、両チームの選手22人全員と審判2人を直ちに銃殺するように命令した。それ以来、ドイツではクリケットは行われなくなった」

 なかなか面白い話だった。全員銃殺というのが、いかにも独裁者ヒットラーらしい。でも実際にこういう出来事があったわけではなく、誰かが考えた笑い話なのだろう(そのパキスタン人は本当だと言い張っていたが)。真偽のほどはともかく、クリケットというスポーツが気の短いヒットラーを逆上させるほど退屈であるのは、疑いのないところだ。

 子供達が原っぱでしている草クリケットも、とても退屈だった。ピッチャーが投げては、バッターが見送る。それを繰り返しているので、ゲームは全然進まない。ノーコンのピッチャーが、フォアボールなしの草野球の試合をしている場面を想像していただければいいかもしれない。とにかく見ている分には(そしてやっている方も)、エキサイティングな気持ちにはなれそうになかった。

4079 でも、北インドのバスの旅は、そんな草クリケットでも見ていないことには暇が潰せないぐらいに退屈だった。一日中バスに揺られていても、からだの方はさほど辛くない。だけど朝から晩まで同じような麦畑を眺め、同じような茶屋で休憩し、また同じような麦畑を眺める、ということを繰り返していると、だんだん時間と距離の感覚が麻痺してくる。果てしのないデジャヴの繰り返しを見ているような気がしてくるのだ。

 僕は何度も何度も腕時計を確かめて、時間がちゃんと進んでいることを確認した。だけど途中からは腕時計を見ることもやめた。そうしたところで時間が早く進むわけではないからだ。
 黙っていても、頭を空っぽにしていても、しかるべきときが来れば日が暮れて、また日は昇る。風景が変わっていないように見えても、バスは確実に西に向かっているのだ。

 余計なことは考えずに、座席に置かれた荷物として振る舞う――これが退屈な長距離バスの旅を耐え抜く一番の方法だということを、僕はこれまでの旅の中で経験的に学んだ。退屈さを退屈さとして受け入れることさえできれば、20時間はさほど長くはない。

 耳毛の男が言った通り、バラナシから9時間でバスはカンプールに着いた。すっかり日が暮れていたので、どんな町なのかわからないまま、僕はすぐにデリー行きのバスに乗り換えた。
 夜行バスは昼間以上に静かだった。すれ違う車も少なく、クラクションもほとんど鳴らなかった。窓枠や座席が振動でガタガタと音を立てる以外は、何も聞こえなかった。暗く静かな車内で、乗客達は死んだように眠り込んでいた。その姿は本当に荷物みたいに見えた。僕も膝の上に抱えた荷物に頭を乗せて、固く目を閉じた。
 荷物として振る舞う。これが長距離バスを耐え抜く方法なのだ。