僕の本棚に、一冊の分厚い写真集がある。厚さは実に3cm以上。バイブルのようにずっしりと重みのある本だ。
アメリカ人写真家・スティーブ・マッカリーの「Portraits」には、様々な国の様々な表情が、ぎっしりと詰まっている。アウン・サン・スー・チー女史や、ダライラマ14世などの有名人も含まれているが、ほとんどが普通に暮らす人々の顔である。世界は多様な人々によって形作られている――この本はそのことを無数のポートレートによって語っている、一種の「バイブル」なのだ。
少女の顔立ちが、とにかく素晴らしい。強い意志を感じる瞳、りりしい眉毛、粗い肌の質感、印象的なひとことを今まさに紡ぎ出そうとしている唇。
写真家はおそらくタクシーに乗っている。年季の入ったインドのタクシー。少女は路上の物売りか、物乞いなのだろう。荒れた肌と汚れた指からは、彼女が貧しい暮らしを送っていることが見て取れる。彼女は窓枠をぎゅっと握り締めている。タクシーはゆっくりと動き出そうとしている。そこで少女と写真家が初めて視線を交わす。写真家はその表情に特別な何かを見出す。手元にあったカメラを素早く構えると、迷うことなくシャッターを切る。
物語はそこで終わるのか、あるいはそこから始まるのか、僕らにはわからない。写真は一瞬だけを捉えたものだから。しかし、このスナップ写真には、背後にある物語を見る側に想像させる強い力が備わっている。
スティーブ・マッカリーのポートレートには、笑顔の写真が少ない。喜びや哀しみといった感情は、あくまでも抑制され、瞳の奥底に仕舞われている。彼らは輝きと謎を含んだ目で、まっすぐにこちらを見つめている。僕らが彼らを見つめているだけでなく、彼らも僕らを見つめている。写真を通じて、我々は向かい合っているのだ。
もしあなたがこの本を手にすることがあれば、ぱらぱらとページをめくり、気に入った写真で手を止めて、その人の瞳を覗き込んでみて欲しい。静かな湖畔に立って風が作り出す波紋に目を凝らすように、その人が抱いている感情を瞳の奥から受け取って欲しい。