バイクでインドを7周もしたクレイジーな写真家が綴る渋イケメンを探す旅。旅先でのバイクの借り方や、トラブルの対処法、安宿の探し方など、快適に旅するためのノウハウも披露しています。
・出版元:雷鳥社 ・定価:1600円(税別) ・A5判変型 ・192p
ご注文は「たびそら通販部」からどうぞ。新作ポストカード3枚と著者サインも付けてお届けします。
新刊「渋イケメンの旅」を30秒にまとめたPV動画が完成。働く男たちの横顔を詰め込んだ30秒間。まばたき禁止です。
ここからは「渋イケメンの旅」の内容の一部を紹介します。
続きはぜひ本で読んでくださいね。
生涯最高のチャイの味
インド西部グジャラート州の平原をバイクで走っているときに、ディルーという名の羊飼いと出会った。彼は白い民族衣装を着て、頭には白いニット帽を被り、長い杖を持って、二百頭ほどの羊を率いていた。指笛を鳴らしたり、石ころを投げたりして羊の群れを操り、草地から草地へと移動させている伝統的な羊飼いだった。
乾季に入ると雨がまったく降らなくなるインド西部では、羊たちの飲み水の確保がもっとも重要な仕事になるという。強烈な日差しによって、主な川や池はすべて干上がってしまうからだ。ディルーさんは水がまだわずかに残っているため池を見つけ出すと、そのほとりに羊たちを連れて行った。それは遠目から見ても明らかに濁っているのがわかるような泥水だったが、羊たちは水の味にはこだわらないらしく、黙ってその泥水を飲み始めた。水の味にこだわらないのはディルーさんも同じだった。彼も持参したアルミ皿に濁った水を汲むと、躊躇することなく一気に飲み干したのだ。そしてすぐさまもう一杯水を汲んで、僕に手渡してくれた。
「さぁ飲めよ。あんたも喉が渇いただろう?」
もちろん彼が親切心から水を勧めているのはよくわかっていた。それでも僕には飲めなかった。この泥水を飲み干したら最後、強烈な下痢に襲われるのはほぼ確実だと思えたからだ。僕は普段からインドの生水を平気で飲んでいるし、地元の人に勧められた食べ物や飲み物は可能な限りいただくようにしているのだが、この泥水だけは無理だった。三日三晩砂漠を歩き続けていれば飲めたかもしれないが、そこまで喉は渇いていない。ご厚意はありがたかったが、丁重にお断りした。
ディルーさんはそんな僕の反応に気を悪くすることもなく、「わかった。ちょっと待ってろよ」と言って、枯れた草と木の枝を集めてきて、素早く火を起こし、湯を沸かしはじめた。どうやらチャイを作ってくれるらしい。彼が持ち歩いている白い布袋には、マッチと小さな鍋のほか、茶葉や砂糖や茶こしなどのチャイ道具一式が入っていたのだ。水が沸騰してくると、そこに今搾ったばかりの羊のミルクを加え、茶葉と砂糖を入れて、しばらく煮立たせた。
そうやって完成したチャイを、ディルーさんは二つの器に分け、量の多い方を僕に渡してくれた。出来立てのチャイはやけどしそうなほど熱かったので、僕は薄いアルミ皿の端を持ち、息を吹きかけて冷ましながら、すするようにして飲んだ。
牛がハイウェイを歩く国
「インドでは牛がハイウェイを歩いている」というのは本当の話だ。料金所が設置されている有料の国道(ナショナル・ハイウェイ)であっても、牛が悠然と道の真ん中を歩いていたり、中央分離帯に生えた草を食べたりしている姿をよく見かける。ハイウェイで出くわすのは牛だけではない。犬も羊も山羊も水牛もいるし、エサを求めて野猿が飛び出してくることもある。要するに「インドの道はなんでもあり」なのだ。
僕はこれまでに二度、道路上で牛と衝突したことがある。どちらも興奮した牛が急に駆け出してきて進路に立ち塞がり、急ブレーキをかけたものの間に合わずに、牛のお腹にドンと激突した、という避けがたい事故だったのだが、幸いなことに僕の方にも牛の方にもたいしたダメージはなかった。牛は体重が八〇〇キロぐらいあるので、一人乗りのバイクがぶつかったぐらいではびくともしないようだ。牛は「おい、なんだよ」という苛立たしげな視線を向けただけで、無言で去っていった。
インド西部グジャラート州の国道では、荷車を引いて歩くラクダの姿をよく目にした。ラクダ車はとてもスローな乗り物だ。人が歩くのとさほど変わらない速度で、一歩一歩を踏みしめるように歩いている。御者ものんびりしたもので、手綱や鞭も握らずにごろんと横になっている。昼寝している御者さえいる。たとえ居眠り運転をしても、賢いラクダはちゃんと目的地に向かってくれるようだ。コンピューターが発達するはるか以前から「自動運転車」はインドで実現していたのである。
のんびりとマイペースで進むラクダ車は、忙しく走り回る現代人にアンチテーゼを投げかけているのかもしれない。「そんなに急がなくてもいいじゃないか。いつかきっと目的地に着くさ」と。
渋イケメンのこだわり
インドではサングラスをかけている男をよく見かける。日差しがとても強く、しかも乾燥して埃っぽい環境だから、サングラスをかけて紫外線や埃から目を守ろうとしているのだろう。インド人がバイクに乗るときはだいたいノーヘルなのだが、それでもサングラスだけはかけるという人も多い。羽虫やゴミが目に入るのを防ぐためらしいのだが、それだったら最初からフルフェイスのヘルメットを被った方がずっと楽なんじゃないかと思ってしまう。インド人がヘルメットを嫌うのは「暑いから」という理由もあるのだが、何よりも「そんなダサいものは被りたくない」という見栄えの問題が大きいようだ。
もちろん、サングラスはファッションアイテムとしても重要で、多くの人が「イケてる男はカッコいいサングラスかけるものだ」と考えている。ミラータイプのサングラスをかけ、革ジャンを着て、スポーツバイクにまたがった格好で、「さぁ俺を撮れよ!」とアピールしてくる若者もいた。どうやらボリウッドの映画スターを意識したポーズのようだ。イキがっている高校生みたいなノリでちょっと恥ずかしい気もするのだが、それが意外と似合ってしまうのも実にインド人らしかった。
ヒゲにこだわる男も多かった。上品に整えられたヒゲを持つ男もいたし、口ヒゲを水牛の角のように長く伸ばした男や、顎ヒゲを達磨大師みたいに繁らせた男もいた。インドの床屋では髪を切るのと同じぐらい長い時間をかけて、ヒゲを剃ったり整えたりする。ヒゲの手入れはインド人男性にとってきわめて重要な身だしなみなのである。
流れる滝のような真っ白いヒゲを長く伸ばした老人にも出会った。まるで仙人のようなそのヒゲを伸ばすためには、相当な年月が必要だっただろう。数年、あるいは数十年かかったかもしれない。長いヒゲは日常生活にも支障をきたす。食事の邪魔になるし、夏場は暑い。しかし生活が多少不便になったとしても、彼らはヒゲを長く伸ばす方を選ぶのだ。ヒゲに対して並々ならぬ情熱を持っているのだろう。
新作ポストカード3枚と著者サインも付けてお届けします。