今までいろいろな航空会社の飛行機に乗ってきたけれど、一番機内食が美味しくてサービスも良かったのがエミレーツ航空だった。エミレーツはUAEのドバイに本拠地を置く航空会社である。日本ではあまり知られていないようだけど、ヨーロッパとアジアを結ぶ中継地としての地の利を生かして、急成長している会社らしい。
 
 僕はバンコク・ジャカルタ間の往復と、バンコク・カサブランカ間の往復に、エミレーツを使った。特にドバイからモロッコのカサブランカに飛ぶフライトには、定員の二割程度しか乗客が乗っていなかったので、とても快適な空の旅を満喫することができた。
 

 客室乗務員の国籍がやたらとバラエティーに富んでいるのもエミレーツの特徴である(ホームページによれば世界90ヶ国以上から採用してという)。欧米系はもちろん、中東、東南アジア、中国や韓国など、多種多様な顔の乗務員がサービスをしてくれる。ドバイ・カサブランカ間には日本人スチュワーデスも一人乗っていた。肌の色がとても白くてなかなか親切なスチュワーデスさんだった。僕は食事時に赤ワインを頼んだのだけど、しばらく後にわざわざワインのお代わりを持ってきてくれた。
 
 ワインを飲んでぐーぐー寝てしまう、というのが僕の理想的な飛行機での過ごし方である。液晶テレビでやっている映画もろくなものはないし、テレビゲームのテトリスをしばらくやっていると頭が痛くなってくる。酔いが回ってきたなぁと思うと、おもむろに眠る態勢に入ってしまうのが一番なのだ。
 
 二時間ほど眠ってからトイレに立つと、別の席に移っていた同行者のウィリアム(日本在住アメリカ人)が日本人スチュワーデスとにこやかに話をしていた。まぁ乗客も少ないし、食事時間も終わったから、スチュワーデスもやることがなくて暇を持て余していたのだろう。
 
 結局、ウィリアムと彼女はかれこれ一時間以上も話をしていた。世間話にしてはいささか長すぎる。子供達がみんな独立して話す相手がいない近所のおばさんじゃないんだからさ。
 
「何を話していたの?」
 僕は隣の席に戻ってきたウィリアムに聞いてみた。
「彼女の寂しさについてさ」
 もっともらしい顔をして彼は言った。
「寂しさ?」
「ああ、彼女は寂しい人なんだ。ロンリー・インターナショナル・エア・ホステス。略してLIAHなんだ。何故寂しいかって? それは彼女がドバイに住んでいるからだよ。ドバイだぜ、君。彼女にはちゃんと日本に恋人がいるらしいんだ。でもドバイに住んでいるから、なかなか会うことができない。しかもたまに日本に帰って『会いましょう』って電話すると、彼は『今忙しい』っていうんだって。可哀想な人じゃないか。だから彼女はあと一ヶ月でエミレーツを辞めるんだって。日本に帰って大学に入り直すらしいんだ」
 
 国際線の機内の中で、スチュワーデスからこれほどプライベートな話を聞き出せる人はなかなかいないのではないかと思う。誰とでも仲良くなってしまえる才能を持っているのだ。ウィリアムという人は。
 
「それでね、彼女は今晩カサブランカに一泊するらしいんだけど、寂しそうな口調で『今晩は何もすることがないのよ』って言うんだよ」
 彼は上目遣いとかわいらしい女の子の声真似で、「今晩は何もすることがないの」ともう一度言う。
「それで君はなんて言ったの?」
「我々は今日中にカサブランカからマラケシュに行かなくちゃならないんです、と言ったよ。もちろん紳士的に。我々は仕事で来ているから、予定を変更するわけにはいかないんですってね」
 
 ウィリアムには愛する奥さんと二人の子供がいるから、たとえ魅力的な女の子に誘われてもなびくことはない(と彼は自信を持って断言する)。しかし「寂しい国際線スチュワーデス」というキーワードは、彼のイマジネーションを刺激して止まないらしい。
 
 僕らはその後四週間ばかり、かなりストイックかつハードは取材旅行を続けたのだが、肉体的にも精神的にも疲れてくると、ウィリアムは「ロンリー・インターナショナル・エア・ホステス(略してLIAH)」とのファンタジックな妄想を僕に話すことで、ストレスを解消していた。妄想の中で、彼はスチュワーデスの女の子に得意のフットマッサージを施してあげる。そして彼女からもマッサージのお返しをしてもらうのだ。うーん、なかなか楽しそうな想像である。僕も混ぜてもらいたいぐらいだ。
 
 残念ながら、四週間後に乗った帰りの飛行機にはLIAHの彼女はいなかった。どこか別の空を飛んでいるのかもしれないし、もうエミレーツを辞めて日本に帰っているのかもしれない。いずれにしても我々が彼女に会うことはもう二度とないだろう。結局、「寂しい国際線スチュワーデス」という妄想だけが、我々の頭に取り残されてしまったのだった。
 
 ところで国際線スチュワーデスというのは、意外にも暇な職業なのだそうだ。フライト時間は月に何十時間と決められていて、それ以上は飛ぶことができないから、仕事と仕事の合間が何日も空いてしまうこともしょっちゅうなのだという。フライト時の忙しそうにテキパキと働く姿とのギャップが意外ですね。
 
 もし国際線スチュワーデスの方で、これを読んでいる方がいたら、ぜひ「仕事がない日の過ごし方」を教えてください。僕にはちょっと想像がつかないですから。
 ほんと、何をしているんだろう? ホテルでフットマッサージでもやっているのかなぁ・・・。