インドを代表する飲み物チャイの作り方は豪快だ。
大きな鍋に牛乳と水と茶葉を入れてぐつぐつ煮込んだ後、スパイスと砂糖で味付けする。チャイ屋は「高く持ち上げて泡を立てるほど美味しくなるんだ」と口を揃える。確かに街角の安いチャイは上品ではないが、渋みと甘みがガツンと効いて美味いのである。
インドでは自動販売機をまったく見かけないのだが、町のどこにでもあるチャイ屋がその役割を果たしていると言ってもいいだろう。砂糖がたっぷり入った甘いチャイを(ボタンひとつというわけにはいかないが)素早く作ってくれるし、しかも1杯5ルピーから10ルピー(8円から15円)程度ととても安いのだ。
インドのチャイには、シナモンやカルダモンなどのスパイスが入っているが、出会う確率が一番高いのがジンジャー入りのチャイだ。すりおろしたショウガを加えたチャイは喉に良いらしく、風邪にも効くのだそうだ。
チャイ屋を始めるのは簡単だ。必要な道具は、ガスコンロ、グラス、やかん、鍋ぐらい。あとは町の隅っこに小さなスペースを見つけたら、誰だってチャイ屋を開店できる。そんなわけでインドにはチャイ屋がすごく多くて競争も激しいが、かといって必死に働くわけでもなく、皆のんびりとお茶を入れている。
かつてインドのチャイは素焼きのカップで提供されていたが、軽くて安価なプラスチックに替わり、そして最近は脱プラスチックの流れを受けて、紙コップが主流になった。チャイのデリバリーを行う男も、ご覧のようにたくさんの紙コップを抱えて歩いていた。
インド西部グジャラート州のチャイの飲み方はちょっと変わっている。カップではなくお皿にチャイを入れて、直接口をつけて飲むのだ。こぼれやすいし持ちにくいと思うのだが、グジャラートの人々はみんなこうやって飲む。「熱いチャイが冷めやすくなる」という説明にはイマイチ納得できなかったのだが。
インドの食堂でチャイを運ぶ男。両手に6個ものカップを持ち、こぼさずにお客に提供するのは熟練の技だ。まぁ時々チャイをこぼしちゃうこともあるけど。そういうときにも「しょうがないなぁ」と笑って許せるようなおおらかさが、インドの安食堂の魅力なのである。
インドのチャイ屋には渋イケメンが多い。何気なく被ったニット帽、肩にかけた布、グレーが混じったヒゲも、すべて自然体なのに、オシャレでカッコいいのだ。「俺のおごりだから一杯飲んでけよ!」。きっぷの良さも男前だった。
かつてインドのチャイは素焼きのカップに入れられて、飲み終わったカップは地面にガチャンと叩きつけて割っていた。今もその習慣を残す地域はわずかだが、グジャラート州には昔ながらのろくろを回してカップを作る職人がいた。これでチャイを飲むと土のにおいがして、それも風味の一部に感じるのだ。
スマホの普及は、インドのあらゆる職業に大きな影響を与えているが、チャイ屋も例外ではない。これまでは店にやって来たお客にチャイを売るのが基本だったが、電話で注文を受けてデリバリーを行う店が急増したのだ。チャイ屋でさえスマホがなければ商売にならない。それが今のインドだ。
インドでは、お金を払ってチャイを飲むことは滅多にない。街を歩いていると、必ず誰かが「チャイ飲むかい?」と声をかけてくれて、ご馳走してくれるからだ。インド人にとって、チャイはただの飲み物ではない。初対面の人との距離を縮めたり、親愛の情を伝えるコミュニケーションツールでもあるのだ。
もちろん「インドでは、お金を払ってチャイを飲むことは滅多にない」というのは僕の個人的な経験だ。それがインドを訪れる旅人全てに当てはまるとはまったく思っていない。外国人が普通に歩いている観光地では「チャイおごってやるから一杯飲んでいけ!」ということにはなかなかならない。このブログ記事にも書いたが、親切なインド人、笑顔のインド人に出会うコツは「観光客の行かない場所に入り込むこと」なのだ。
すでに何度も書いているように、僕の旅はかなり特殊だ。まずバイクを借りて、3ヶ月から4ヶ月かけてぐるっとインド全土を一周する。訪れる場所のほとんどは、観光地から遠く離れた田舎町や農村だ。実際のところ、13億人いるインド人の7割以上は、このような大都市でも観光地でもない土地に住んでいる。
ひとつ確かなのは、インドの田舎町や農村に住む人々はとてつもなく親切で、旅人をもてなすのが大好きだということ。観光地や大都市にいる信用ならない怪しげなインド人のイメージとは真逆の世界がそこにはある。その魅力にどっぷりとはまってしまったから、僕は毎年長くバイク旅を行うようになったのだ。
大多数の旅行者、あるいは出張で訪れたビジネスマンにとって、インドの印象がデリーやムンバイやバラナシといった大都市に偏るのは仕方のないことだ。そこで見聞きした現実も確かにインドの一部である。それを僕は否定しない。しかし同時にインドの大都市と農村の間には大きな(埋めがたい)ギャップがあることも知っておいて損はないと思う。
インドは一度や二度旅したぐらいでは、なかなかわからない。僕なんかバイクでインドを8周して、合計1000日近く滞在してるけど、まだインドのことはよくわからない。それだけ奥が深い国なのだ。だから「私が旅したインドでは、誰もチャイを奢ってくれなかったぞ!」と言いたくなる人がいたとしても(このツイートがバズったのに、すごくたくさんいたようだが)、それはそれで仕方がないことだと思う。人にはそれぞれの旅のやり方がある。地元の人が心を開きたくない種類の旅人がいても、何も不思議ではない。
インドには「群盲象を評す」という寓話がある。目が見えない人々が象の一部(鼻、牙、耳、尻尾など)を触って、それぞれがまったく違うものだと主張し合って噛み合わないという話だ。これはインドという国にもそのまま当てはまる。もちろん僕も自分の経験がインドの全てだ、なんて思い込まぬよう、戒めながら旅を続けなければいけない。
とはいえ、僕は普通の旅行者に比べれば圧倒的に長い期間をインドで過ごしているし、大都市から辺境まであらゆる場所を旅しているのは事実だから、ある程度までは「インドという巨象」の全体像は掴めているだろうという自負はある。極端なお金持ちや、極端な貧しさだけでない、ごく普通のインド人がどんな暮らしを送り、何を食べ、どのように働いているのか、おおまかな実感を持っている。
その僕から見た「普通のインド人」は、とても温かく親切な人々だ。そのような彼らの心持ちが「見知らぬ旅人にチャイをご馳走する」という行為によく表れていると思う。下の動画を見てほしい。これはマハラシュトラ州にあるムスリムが多く住む町の典型的なチャイ屋さんでの一場面だ。ここでチャイを飲む男たちの多くは、24時間稼働する織物工場で働く職人たちだ。仕事の合間にチャイを飲んでくつろぐ労働者たちが、初対面の異邦人をにこやかに受け入れている様子が伝わってくると思う。
これがインドのチャイ屋だ。これがインドの普通の人々なのだ。