日本を降りる若者たち
カンボジアの旅を終えてバンコクに戻ってきた。
空港閉鎖の影響で2週間前のバンコク・カオサン通りは閑散としていたのだけど、今はすっかり賑わいを取り戻していた。欧米人のバックパッカーが大挙して押し寄せ、夜通しどんちゃん騒ぎをしている。いつものクリスマス前のカオサン通りである。予想以上に立ち直りが早い。
たとえ政治が混乱していても、そんなこととは関係なしにのんびりまったり過ごしたいという若者を惹きつけてやまないのがカオサン通りなのだ。
このあいだ下川裕治さんの新書「日本を降りる若者たち」を読んだ。これは最近アジアに滞在する若者に多い「外こもり」について取材した本だ。「外こもり」とは「旅をしない旅人」のこと。数ヶ月、あるいは数年に渡って、特定の街(この本ではバンコク)に居続け、特に何をするというわけでもなく、大半の時間を部屋の中に引きこもって暮らしている人たちを指す言葉だ。
バンコクという街はそこそこ便利であり、物価が日本の三分の一ほどととても安いので、長期滞在には向いている。
それにこの国は一年を通じて暑いから、どうしても出不精になりがちだ。ちょっと外を歩いただけですごく疲れてしまう。クーラーの効いた部屋で一日うだうだと過ごしたくなる気候なのである。
そうやって一日中ダラダラと過ごしていても、誰もとがめない。日本の「引きこもり」と違って親からのプレッシャーがないから、罪悪感も感じなくて済む。それに周りのタイ人だって決して働き者ではないから、「こんな風に生きたっていいんだ」という安心感を持つこともできる。そうやって「外こもり」生活はずるずると何年も続いていく。
カオサン通りの不思議ちゃん
僕がこの本を読んで驚いたのは、登場人物の一人のことをよく知っていたからだ。
本の中では「慶子さん」という仮名で登場する女性に、僕が出会ったのは4年前だった。カオサン通りの路上に出ているぶっかけ飯屋で遅い昼食を食べていると、彼女の方から声を掛けてきたのだ。
不思議な人だった。どことなくムラのある話し方をする人だった。自分の話したいことを一方的に話して、一人で笑っているようなところがあった。
慶子さんは僕と同い年(当時29歳)だと言ったが、色白で童顔なので20代半ばに見えなくもなかった。一通りの自己紹介を済ますと、彼女は自分の身の上話を始めた。
彼女は重いPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っていて、睡眠薬とアルコールに依存していた。それがないと眠れないのだという。確かに彼女はよく酒を飲んだ。生ビールのジョッキを立て続けに四杯飲み干しても、平然としていた。
PTSDになったきっかけは、彼女が高校一年生のときに遭遇したある事件だった。彼女はある男につきまとわれ、誘拐され、男の自宅に二ヶ月間ものあいだ監禁されていたというのだ。そのあいだ、彼女は裸で暮らし、セックスを強要された。
二ヶ月後に彼女のは解放されて、なんとか家に戻ることができたのだが、不思議なことにその男が逮捕されることはなかたし、その後もたびたび彼女の家にやってきたという。これだけの大事件なら、マスコミが殺到してもよさそうなものだが、報道されることもなかったという。
とにかく、そういう壮絶な体験をしたあと、彼女の体調はおかしくなってしまった。高校へも通えなくなり、働くことも出来なくなった。監禁されていたときの記憶がフラッシュバックすると、パニックを起こしてしまうのだ。頭が痛くなり、呼吸するが苦しくなった。
いくつかの病院で診てもらったが、医者はみんな「体にはどこにも異常はないから、精神的なものが原因だろう」と口を揃えた。症状を抑えるために抗うつ剤や睡眠剤をもらい、それを飲んでパニックをやり過ごす日々だった。何度も「死んだ方がマシだ」と思った。睡眠薬を大量に飲んで自殺を図ったこともある。でも結局は死ねなかった。
21歳の時にある人と知り合い、二ヶ月後に結婚した。夫は優しかったが、生活費をくれなかった。だから彼女がスナックで働かなければいけなかった。ようするにヒモだったのだ。
「でも彼は優しかったよ。いつもスナックまで送り迎えをしてくれたの」
その「優しさ」が根本から間違ったものだと感じてはいたのだが、なかなか別れられなかった。ずるずると年月が過ぎていった。
「お金がかかるから子供は作らない」
夫からそう言われて、ようやく腹を決めた。離婚したのは結婚から6年後だった。
今はパチンコをしたり、漫画を描いたりして暮らしている。漫画とゲームが大好きで、コスプレをしてコミケに参加したこともあったという。そしてときどきバンコクにやってくる。観光はせず、ただカオサン通り周辺でダラダラと過ごしている。
働かなくても暮らしていけるのは、PTSDのおかげ(というのも変だが)で生活保護をもらっているからだ。それに彼女には水商売時代からの「ファン」が何人もいて、マンションの家賃を出してくれたり、電気製品を買ってくれたり、一緒に旅行に連れて行ってくれたりするという。このタイ旅行も「ファン」の一人がお金を出してくれたのだそうだ。
僕らが日本食レストランで話をしていると、彼女の「ファン」だという男が入ってきた。40代半ばのおじさんで、体重100キロを超える巨漢だった。ブルドッグみたいな顔をしていて、喋ると頬の肉がブルルンと震えるのだ。
「彼女、こう見えてものすごく食べるんですよ」とおじさんは肉を震わせて言った。「バンコクに食べ放題の回転寿司屋があって、そこの最高記録を持っていたのが僕だったんです。55皿。カオサンに来る日本人のライバル達を蹴散らして、その記録をずっと守っていたんです。ところが彼女、あっさりと67皿も食べたんですよ」
慶子さんは痩せている。足なんてガリガリで、たぶん体重は40キロあるかないかだろう。それなのに100キロを超えるおじさんよりもよく食べるというのだ。実際、彼女は食堂で特大のラーメン(麺が3玉も入っている)を頼み、余裕で完食した。ビールを四杯飲んだ後で、である。
「胃下垂なのよ。いくらでも食べ続けていられるの」
と彼女は言う。ギャル曽根みたいなものか。
ブルドッグ顔のおじさんもこの特大ラーメンをぺろりと平らげた。僕は普通のラーメンを食べるのがやっとだった。なんだか「大食いの国」に紛れ込んだガリバーのような心境だった。
「実は彼女にプロポーズしたことがあるんです」
ブルドッグおじさんは、彼女がトイレに立ったときに言った。
「まぁそれほど真剣なものじゃなかったけど。そしたら『あなたが養ってくれるのならいいよ』って言ったんですよ。その話はそれっきりなんですが」
彼がどうしてそんな話を僕にするのかよくわからなかった。僕のことをライバルだと勘違いしたのかもしれない。いずれにせよ、彼女の方にはその気はないようだったが。
彼女は人生に退屈している
慶子さんがモテているのは確かなようだ。美人ではないけれど、愛嬌がある顔立ちだし、なによりも話が面白い。ついつい引き込まれてしまう。
そして独特の危うさ、退嬰の影のようなものがある。ずぶずぶと泥の中に沈み込んでいく負のエネルギーといえばいいだろうか。いつも体調が悪いと愚痴り、アルコールとタバコとギャンブルに依存し、男に頼ることに慣れ、自分自身は何ものも生み出そうとしない。欠点だらけである。それなのに不思議と嫌悪感を感じることがないのだ。その境遇に同情的になり、自分の怠惰な部分を重ね合わせてしまう。
きっと「場所の力」というものもあるのだろう。バンコクに「外こもり」している沈没型の旅行者には、彼女のまとった退嬰がぴったりとシンクロするのだ。どこへも行かないし、何もしない。それについて特に反省することもない。停滞した旅人のもっとも怠惰な部分が、彼女自身の人生と重なるのである。
実のところ、僕は彼女が話してくれた身の上話をそのまま信じてはいない。すべてが作り話だとは言わないが、ウソがいくつか混ざっているのではないかと思っている。
彼女の話には辻褄が合わないところが多かった。二ヶ月も監禁され、強姦されたという重大な犯罪に警察が何も対処しなかったというのはどう考えても変だし、自分のトラウマに関わるような重大な秘密を見ず知らずの他人にペラペラと打ち明けるというのも奇妙だった。
もちろん、お互いの素性をまったく知らない他人だからこそ、もっとも深い部分をさらけだすことができるのも事実だ。「この人とはもう二度と会わないだろう」そう思う相手には、いつもは話さないような大胆なことでも打ち明けてしまえるものだ。
しかし僕が彼女から受けた印象は、そういう意味での大胆さとは違ったものだった。奇抜な身の上話によって相手の歓心を買い、自分に注意を惹きつけようという意図が見え隠れしていた。
僕はこう思った。彼女は自分の人生に退屈している。あるいは退屈な人生だと思いこんでいる。だから架空の人生をこしらえて、それを他人に話しているのではないか。そしてその悲劇の物語を誰かに語ることによって、空疎な人生に慰めを与えているのではないだろうかと。
寂しい人なのだ。そしてその寂しさを埋めるために、カオサン通りにやってくるのだ。ここには「耳を傾けてくれる人」が大勢いるから。
たまたま隣に座った人に「ちょっといいですか?」と話しかけて、自分のもっともディープな部分を打ち明けるなんてことは、日本ではまずあり得ない。みんな自分のことに忙しい。何時間も一緒にビールを傾けて話を聞いてくる人なんて、なかなか見つけられない。
ようするに、この街には暇人が多いのだ。僕や下川さんを含めて、時間だけはたっぷりとある人間がいくらでもいるのだ。
カオサン通りとは、つまりそういう場所なのである。