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占いばあさんはトランプを使って未来を占う。
 約1ヶ月に渡るモロッコ取材旅行を通じて、僕が最も苦労したのが女性を撮ることだった。イスラム圏の女性を撮るのはいつでも困難なものだけど、モロッコほどガードの堅い国はそうはないだろう。この国に匹敵するのは、僕の知る限りアフガニスタンぐらいである。

 振り返ってみれば、マラケシュで出会った占いばあさんの一言が、全てを言い当てていたのかもしれない。
「あんた、女には気を付けなさいよ。絶対女に苦労するから」
 彼女はいくぶんしわがれた声で、僕にそう告げた。マラケシュの旧市街の片隅に座り込んで、一人ひっそりとトランプ占いをしているおばあさんの声は、高い塀に反響してことさらミステリアスに聞こえた。

 もちろん、その占いを真に受けたわけではなかった。女に苦労したことのない男なんていやしない。そもそも僕は占いを信用するタイプの人間ではないのだ。しかし結果的に、彼女の予言は見事に的中することになったのである。


山村で女性を撮るのは、特に難しかった。
 人々が写真撮影を拒絶するのには、様々な理由があるようだった。「既婚女性は夫以外の男性にむやみに顔を見せてはいけない」というムスリムの習慣や、先住民族ベルベル人が信じている言い伝えや、政治的な理由などである。例えば、アトラス山脈に住む羊飼いの間には、「写真を撮られた羊はすぐに死んでしまう」という言い伝えがあるという。女性に限らず男性も、そして羊さえも写真撮影には神経質な土地柄なのである。

 僕らがアトラス山脈の辺境の村々を歩いていたときも、何度も頑なな撮影拒否にあった。ある村では結婚式の宴が開かれている家のそばに近づいただけで、(まだカメラを取り出してもいないのに)家の主人らしき老人が飛び出してきて、ものすごい剣幕で「あっちへ行け!」と追い払われたりもした。

 よそ者に対する猜疑心が強いのは、都市住民よりも農村に住む人の方だった。そしてその傾向は辺境に行けば行くほど顕著になった。それは元々住んでいた土地を部族間の抗争の末に追われ、貧しい土地に移住せざるを得なくなったという彼らの歴史によるものなのかもしれない。


 モロッコ女性を写真に撮るのは、開く見込みの薄い重い扉をひとつひとつノックして回るようなものだった。望みがゼロなわけではないけれど、たいていの場合はノックの音だけが虚ろに響くだけの結果に終わった。

 しかしそれでも諦めずに何度もノックを続けていれば、扉を開けて笑顔を向けてくれる人が現れることもあった。辺境の村では外国人(特に僕のような東アジア人)を見慣れていないし、警戒心を解くのにはそれなりの時間とプロセスが必要なのだ。笑顔を交わし、身振りでこちらの意思を伝えているうちに、何とか「このガイジンは敵じゃないみたいだ」という認識が生まれてくる。この土地では焦って物事を進めようとしても上手く行かない。ゆったりとした時間の流れに合わせることからコミュニケーションが始まるのだ。



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