写真家 三井昌志「たびそら」 アジア旅行記 フォトギャラリー 通信販売 写真家・三井昌志プロフィール ブログ

僕らがインタビューした三人組の一人。
 モロッコ人女性の写真を撮っているときに、警官とトラブルになったこともあった。それは僕らがメルズーガの町で出会った女の子三人組にインタビューしているときに起こった出来事だった。
 彼女たちは20代前半の都会育ちの若者で、高い教育を受けていて英語も話せたし、自分の考えをしっかり持っていた。そして三人ともが化粧映えのする綺麗な顔立ちをしていた。要するに僕らの取材相手としては理想的だったのである。

 僕らはテント型のレストランでインタビューを行い、写真を撮った。モロッコ人女性が置かれている現状について、彼女たちの正直な意見も聞くことができた。
 茶色い制服を着た三人組の警察官が突然レストランの中に入ってきたのは、インタビューを終えようとしていたときだった。警察官たちはパトロールの途中にお茶を飲みに来ただけのようだったが、僕らの姿を見かけると、「あれは何だ?」という訝しげな表情になった。
 まずいことになったな、と僕は思った。モロッコの警察がマスコミやジャーナリストに対して過敏な反応を示すということを、これまでの経験から知っていたからだ。

 案の定、僕らはすぐに警察官に呼ばれ、事情の説明を求められた。
「あんたらが砂丘の写真を撮るのは構わんよ。ラクダも好きに撮りなさい。しかし人は駄目だ。人を撮影するのには許可がいる。あんたがたは許可証を持っているのかね?」
 でっぷりと太って口髭を蓄えた警官はそう言った。もちろん僕らは許可証などは持っていなかった。取材といっても、ただ出会った人々と普通に話をしているだけなのである。それは他の旅行者がやっていることと何も変わらないことだった。


ラクダを撮るのには許可はいらない。


 僕は自分たちが旅行者であることと、写真撮影はあくまでもプライベートで行っているということを何度も繰り返し説明した。嘘を付くのは心苦しかったが、雑誌の取材だと正直に説明して事態をさらにややこしくしたくはなかった。
 警官たちは僕の説明に納得してはいなかったが、かといって僕らをどうにかしたいと思っているわけでもなく、女の子たちからも事情を聞いた上で、僕らを解放した。

「警官たちは女の子の服装が気に入らなかったみたいですね」と僕らのガイドが後になって教えてくれた。「ヨーロッパ風のジーンズ姿だし、髪の毛をスカーフで隠してもいない。化粧も濃いですからね。売春婦だと思われたのかもしれません」
「売春婦?」僕は驚いて聞き返した。
「ええ、そうです。ああいう派手な格好をしている女は売春婦に違いないと思う人もいるんです。特に田舎ではね。でも実際には、彼女たちは高い教育を受けていますからね。話をしてそれがわかったんでしょう」

 モロッコでは10年ほど前に法律が変わって、それまで低かった女性の社会的な地位が大幅に向上した。しかし男たち――特に旧態然とした官僚機構にいる人々――の頭の中は依然として変わっていないのだろう。警官たちの態度はそんなことを物語っていた。

 でも、そんな予期せぬハプニングが起こったことで、逆に僕らは女の子たちとより親密に話せるようになった。彼女たちの方も、外国人の異性と話すという滅多にない機会を積極的に楽しんでいた。小学校教師をしている女の子は、自分の恋愛観を話してくれた。

「私は今まで一度も男の人と付き合ったことがないんです。いい人を探しているんだけど、なかなか見つからないの。モロッコ人の男性は誠実じゃないんです。すぐに肉体関係を求めてくるプレイボーイが多いんです」
 彼女はもし恋愛をするにしても、結婚を前提とした交際しか考えられないし、婚前交渉なんて論外だと断言した。都会育ちの若者でも、欧米風の自由恋愛はなかなか受け入れられないもののようだった。

 しかし女性はともかく、男性の性欲は世界共通のものだろうし、若くて健康な男が肉体関係を求めるのは、ある程度仕方がないことだと思う。それを「誠実じゃない」とか「プレイボーイだ」などと決めつけられるのは、男にとっては酷な話である。

「結婚した後も仕事は続けたいんです」と彼女は言った。「それが難しいことはわかってるわ。今でも多くの人が『女は家にいるべきだ』って思っているから」
「あの警察官みたいに?」と僕は言った。
「ええ、そうね。あの人たちはきっとそう思っているでしょうね」と彼女は笑って同意した。


 モロッコは様々な容貌を持つ人が集まっている国である。モロッコ人を大きく分けると、先住民のベルベル人と後からやってきたアラブ人とに分かれるのだが、同じベルベル人の中にも住む地域によって様々な部族があり、それぞれ顔つきが異なっているのである。ヨーロッパに近い青い目をした人もいれば、サハラ以南のアフリカから来た黒人系の住民もいる。だから典型的なモロッコ人の顔というものを特定するのは、なかなか難しい。

 それと同じように、典型的なモロッコ女性の考え方を特定するのも難しかった。1ヶ月の旅の中で、僕らは何人かのモロッコ人女性から話を聞くことができたのだが、育ってきた環境や世代や受けた教育によって、一人一人の考え方や価値観が大きく違っていたのだ。その振れ幅の大きさは、日本人の何倍もあるように感じられた。

 いずれにしても、異なった顔や考え方を持つモロッコ人女性の魅力を、写真に残すことが十分にできなかったのは、とても残念なことだった。




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