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マディヤ・プラデシュ州はインドでも2番目に大きな州で、日本の面積の8割に相当する広さがあるので、横断するだけでも相当な時間がかかった。僕の70ccのスクーターでは一日に100キロから200キロ進むのが精一杯だったからだ。
朝、ベッドの上にロードマップを広げると、自然とため息が出てきた。
「まったく、インドって国はなんて広いんだ・・・」
それは嬉しさが混じったため息だった。どれだけ進んでも、その先にはまだ自分の知らない土地が広がっている。見たことのない風景や、出会ったことのない人々が待っている。そう考えただけで、どうしようもなくわくわくした気持ちになってくるのだった。
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小さなお寺で歌と踊りを披露する楽隊。歩いて旅を続けながら、各地のお寺で演奏している。 |
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セオニという町を出発したのは8時半だった。雲ひとつない快晴でテンションも上がる。デカン高原の朝の空気は少しひんやりとしているが、日差しは強烈なので日焼け止めは必須だ。
道ばたの小さな雑貨屋で、ポテトチップスとスプライトを買った。それが本日の朝食。完全なるジャンクフードである。しかしインドの「なんでもスパイス味攻撃」にうんざりしているときには有効な手なのだ。もちろんインドではポテトチップスもスパイスたっぷりの「マサラ味」が人気なのだが、一応シンプルな塩味もラインナップに加わっているから安心だった。
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インドの雑貨屋では、小袋に入ったインスタントコーヒーやシャンプーや洗剤の類がたくさん売られている。単価が安いので(2円から4円ぐらい)買いやすいのだろう。 |
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雑貨屋の前でもそもそとチップスを食べていると、バイクで通りかかったおじさんが僕に向かっていきなり、
「アベレージ?」と言った。
「アベレージ?」
僕はオウムのように聞き返した。平均? いったい何のことだか見当が付かなかった。
「イエス。アベレージ」
おじさんは僕のバイクを指さした。
「エク・リッター」
あぁ、なるほど。それでわかった。おじさんは僕のバイクが1リッター当たり何キロ走るのか、つまり平均燃費を聞きたかったのだ。
「リッター55キロぐらいですかね。悪くないですよ」
僕の答えに、おじさんは満足そうに頷いて走り去っていった。
それにしても、見ず知らずの外国人に向かっていきなり「アベレージ?」はないよなぁと思う。もっと他に聞くべきことがあるじゃないか。
あんたはどこから来たのか。どこに向かっているのか。インドを旅する目的はなんだ。そんな定番の質問をさしおいて「平均燃費」を聞いちゃうんだから驚いてしまう。それともあの男は誰彼構わずすれ違ったライダーに燃費を訊ねる「燃費マニア」なのだろうか。
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岩山の上にある聖地でコンクリート製の飾りを作っている男。暑いのでふんどし一丁で仕事をしていた。 |
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小ザルの毛繕いをする母ザル。インドの山岳地帯には猿が多い。 |
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インド人の突飛な言動にはたびたび驚かされてきたが、見ず知らずのオッサンにいきなり髪の毛を抜かれたときには、驚きを通り越して声も出なかった。
頭にチクっという痛みが走ったので、反射的に後ろを振り返ると、ヒゲ面の中年男が一本の白髪を手にして立っていて、「ほら」という顔でそれを僕に突き出してきたのである。
「・・・」
返す言葉もなく、どうリアクションしていいのかもわからず、僕はただ自分自身の哀れな白髪を見つめた。そりゃまぁ僕も30代半ばにさしかかっているんだから、白髪の一本や二本生えてきますよ。だからっていきなり抜かなくてもいいじゃないですか。まったくもう。
「アー・ユー・アメリカ?」
ニコリともせずに男は言った。あんたアメリカ人か? これまたずいぶんと唐突な質問である。
「ノー。アイ・アム・ジャパニーズ」
それを聞くと、男は急に興味を失った様子で、無言のまま去っていった。
おい、ちょっと待てよ。いったい何なんだよ。もし俺がアメリカ人だったら、その白髪をどうするつもりだったんだ?
僕の心の叫びは、もちろん男には届かなかった。どうしようもないモヤモヤ感だけがあとに残った。
男の目は真剣だった。イタズラでやったようには見えなかった。ということは親切のつもりだったのか。しかし他人に白髪を抜かれて喜ぶ人などいるのだろうか。いや、インドにはいるのかもしれない。このあたりでは、お互いの白髪を抜き合うことが挨拶代わりになっているのかもしれない。
考えれば考えるほど、わけがわからなくなってきた。
インドでは、まるで夢の中にいるような不条理な出来事がしばしば起こる。脈絡もなく、理由もなく、行動原理さえ掴めない。白髪事件もそのような突発的事象のひとつであった。
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[動画]この「タップダンスを踊る馬」もかなり突発的な事象だった。 |
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