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首都プノンペンでバイクを借りて、カンボジアをぐるっとひと回りすることにした。
プノンペンには外国人旅行者向けに安くバイクを貸してくれる店がいくつかあったが、僕がバイクを借りたのは「NEW!NEW!」という軽いノリの名前を持つ店だった。この店の隣には「LUCKY!LUCKY!」という似たような名前の店があって、同じようにレンタルバイク業を営んでいた。この2店がライバル関係にあるのか、それとも提携関係なのかはよくわからなかったけど。
レンタル屋で借りたのはホンダの「WAVE」。安くて頑丈で燃費がいいのが取り柄の100ccバイクだ。最近購入されたものらしく、全ての計器類が壊れずに正常に作動していた。料金は1日4ドル。デポジットとしてパスポートを預けてくれと言われたが、何かあったときに身分証がないと困るので、代わりに現金700ドルを預けることで話をつけた。
プノンペンはこの数年で大きく変貌した。2001年に初めてこの街を訪れたときには「観光客が強盗に撃ち殺されたから、夜は絶対に出歩くな」と言われたものだった。実際、当時のプノンペンは暗く、物乞いの子供たちも多く、どことなくやくざな雰囲気を持った街だった。
それが今ではアジアでももっとも急激に開発が進む新興都市になっている。中国をはじめとする外国資本によって巨大ショッピングセンターや高級ホテルが次々と建てられ、道路にはピカピカの日本車が走っている。まさに目を見張るほど発展ぶりである。
急速な経済成長に伴ってプノンペン市内の交通量も急激に増えているのだが、それでも他の国に比べるとまだまだ余裕があったので、バイクで走るのはさほど難しくなかった。首都といっても人口は120万あまりしかいないし、目抜き通りはどれも幅を広く取ってあるので、隣国ベトナムやタイのようなひどい交通渋滞はまだ発生していなかったのだ。
交通マナーも悪くなかった。カンボジア人は素直なのか信号機や警官の指示にはおとなしく従うので、ラッシュ時でも混乱することはなかった。インドでよく見かける「何が何でも前の車を抜いてやろう」という荒っぽい車も少なく、みんな「お先にどうぞ」的な譲り合いの精神を持って走っていたのも嬉しかった。
バイクのスピードがとても遅いのもカンボジアならではの特徴だった。最近の原油高騰の影響で「エコ運転」を心がけるようになったからなのか、おっとりとした性格ゆえなのかはわからないが、とにかくまぁトロトロしているのだ。中には自転車並みのスピードでゆっくりと流しているおばさんもいる。決して急がない国。それがカンボジアなのである。
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譲り合いの精神を持ち、運転スピードも遅いわけだから、交通事故なんてあまり起きそうにはないのだが、交通ルールを守らない人や自分勝手な運転をする人も中にはいるので、バイク同士が軽く接触するような小さな事故はあちこちで起こっていた。
こんなときインド人なら「気をつけろ、この野郎!」と相手を怒鳴りつけるだろうし、日本人ならぶつけた方が恐縮して頭を下げるだろう。しかしカンボジア人の場合はぶつかった方が謝るわけでもなく、ぶつけられた方が怒るわけでもなく、なんとなく「エへへ」と笑って誤魔化してしまうのだった。温厚で感情の起伏が少ないのがカンボジア人の性格的な特徴だそうだが、なるほどその通りだなぁと思った。
プノンペンをバイクで走るのはなかなか気持ち良かったが、不愉快なこともあった。プノンペン市内にはやたら警官の姿が多いのだが、そのうちの一人が手を振って僕のバイクを止めたのである。職務質問をしようとしているのだろう、クメール語で何事か話しかけてくるのだが、もちろん僕にはさっぱりわからない。
「ごめんなさい。わからないんだけど」
英語と身振りを使ってそう伝えると、警官は僕のバイクのヘッドライトを指さした。どうやら「ライトがつきっぱなしだ」と注意してくれているようだ。なるほど、確かにスイッチがオンのままになっていた。そんなことをわざわざ伝えてくれるなんて親切である。どうもありがとう。そういって去ろうとすると、警官は不思議なことを言い始めた。
「テン・ドラー テン・ドラー テン・ドラー」
彼はそう三度繰り返して、右手を差し出したのだ。10ドルをよこせと。
意味がわからなかった。もしかしたらカンボジアでは「昼間にヘッドライトを点灯させるのは交通違反であり、10ドルの罰金」という決まりでもあるのだろうか。いやいや、それはあまりにも馬鹿げている。おそらくこの警官は何も知らない外国人に言いがかりをつけて、賄賂を要求しているだけなのだろう。
少し前まではこのような不良警察官も多かったと聞く。ある日本人旅行者はプノンペンで道路を歩いて横断しようとしたときに警官に呼び止められ、「横断歩道のないところを渡るのは違反だ」と言われて罰金を払わされたという。支払いを拒んだら、銃をちらつかせたというのだ。無茶苦茶である。
「テン・ドラー テン・ドラー」
警官はなおも繰り返した。しかしその声は消え入りそうなぐらい小さく、目には落ち着きがなかった。たぶん彼も「いくらなんでも『ライトつきっぱなし』で罰金を取るのは無理筋だよなぁ」と思っているのだろう。あわよくば、という気持ちで言ってみただけのようだ。それなら話は早い。ただ立ち去るのみだ。
僕は無言のままエンジンをかけ、バイクを発進させた。警官はそれを制止するそぶりも見せず、何も言わなかった。
まったくもう。なんだったんだ、あいつは。
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プノンペン郊外の市場には巨大なバイクタクシー(?)が走っていた。 |
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