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  たびそら > 旅行記 > 東ティモール編(2013)


外貨の稼ぎ手は誰?


 それにしても不思議なのは、国内に産業らしい産業がほとんどない東ティモールが、どのようにして外貨を得ているかだ。外からドルが流入してこない限り、中国やインドネシアから大量に物品を購入することなどできないはずだ。

 東ティモールの主要産業は今も昔も農業だが、これは自給自足的な暮らしを支えているだけで、外貨の稼ぎ手ではない。コーヒーがフェアトレードのかたちで輸出されているものの、量としては微々たるものだし、主食の米さえも外国から輸入しているような状態である。製造業はないも同然だし、サービス業も発展途上だ。

今でも東ティモールの主要産業は農業だ



 東ティモールの外貨の稼ぎ手は大きく分けてふたつある。ひとつは外国からの援助。もうひとつは油田・天然ガス田からの収入である。

 物価がここまで上がった原因の大きな部分を占めているのが、実は外国からの援助だ。特に国連関係者が落としていくお金が大きかった。東ティモールには外国人国連スタッフが2000人以上、治安維持にあたる国連警察官が1600人も駐留していた(2012年末に撤退)。それ以外にも多くの国から政府関係者、NGO、NPOが入って活動していた。

 もちろん2002年の独立前後の混乱期には、この国は切実に援助を必要としていた。それどころか国連の介入がなければ、大国インドネシアからの独立が自分たちだけの力で果たせるはずなどなかった。しかし治安が回復したあとも、人と資金の流れは簡単には止まらなかった。そうして投入される援助の量が、人口わずか100万人の国には到底釣り合わないものになってしまったのだ。

 豊かな国からやって来た数千人の人々が落とす潤沢なドルキャッシュは、それ自体が一種の産業となり、バウカウで出会ったジョーのような雇われ運転手や雇われ事務員を劇的に増やすことにつながった。こうした援助は短期的なもので、東ティモール国内の産業を育てるための長期的な投資ではなかった。それどころか援助資金によって国内の物価と人件費が高騰し、外国企業を誘致することが以前にも増して難しくなってしまった。東ティモールは「援助の罠」にとらわれていると言えるだろう。

 国際機関の多くが東ティモールに過大な援助を行ったのは、「国」という単位にとらわれすぎているからだ。たとえばバングラデシュには1億5000万の人口がいるから、東ティモールに対する援助の150倍の人的経済的支援を行わなければ釣り合わないはずだ。でも実際にはそうならない。バングラデシュで100人雇っている組織は、おそらく東ティモールでは20人ぐらいは雇うだろう。

 東ティモールのように人口の少ない国は、どうしても手厚い援助を受け取りがちになる。「国家」を単位としてその規模にかかわらず同列に扱おうとすると、助けるべき「国民」を不平等に扱うことになってしまうのだ。

 東ティモールのように経済規模が小さな国は、繊細で「壊れやすい」。だから丁寧に扱わなければいけない。丁寧というのはむやみに手厚い援助とは違う。その国のニーズを見極め、必要最低限の介入を行い、やり過ぎたと思ったらすぐに手を引かなければいけないのだ。

「いまこの国を支配しているのは、物乞いのメンタリティーだよ」
 と言ったのはスアイで食堂を営むフランクさんだった。彼は長年バリ島のリゾートホテルで働いていたので英語が堪能で、自分の国を外から眺める視点も持っていた。

「待っていればどこかからお金が降ってくる。外国や政府が助けてくれる。そう思っている人が多すぎるんだ。外国からの援助によってもたらされたネガティブな影響だよ。我々はそろそろ自分たちの足で立たなければいけないんだ」



この国の未来は

 それでは外国の援助機関が引き上げていった後、この国の未来はどうなるのだろう。

 ある開発援助の専門家は「東ティモール経済の将来は原油の埋蔵量に左右されるだろう」と予測する。いまこの国の国家財政は石油に頼り切っている。なにしろ国家予算の90%を原油と天然ガスを売って得た基金によってまかなっているほどなのだ。昨今の原油価格の高騰を受けて収入は増加しているが、この好調がいつまで続くのかはわからない。

 仮に原油の埋蔵量が豊富だったとしても、それだけでこの国が必要する雇用を生み出すことはできない。今でも油田の採掘を行っているのは外国企業であり、東ティモール政府はそこからの「あがり」から税金を徴収しているに過ぎないからだ。油田から得た資金をどのような形で国民に分配していくのかが、今後の課題になるだろう。

 他の産業の育成はどうだろう。
 さっきも書いたように、観光業は厳しい。宿代、食費、交通費がいずれもバリ島の二倍もするのだ。交通の便も悪く、余計な手間もかかるのに、なぜわざわざ東ティモールに行かねばならないのか。その疑問に答えられる人はいないはずだ。

 もちろん「みんなが行きそうもないところに行こう」とする物好き(つまり僕のようなタイプの人間)は一定数いる。しかしそれはマイノリティーだ。ほとんどの観光客は、美しく、快適で、しかも値段が高すぎず、文化的にもユニークな場所を選ぶ。残念ながら、そのいずれを取っても、東ティモールはバリ島に劣っているのだ。

闘鶏用の鶏を大事そうに抱える男
 最近、東ティモールでは「カジノを作ろう」というアイデアが議論されているらしい。ごく最近まで信号ひとつなかったこの国にカジノを作るだなんて悪い冗談にしか聞こえないのだが、当事者は真剣なのだという。カジノを作ればバリ島との差別化が計れるし、世界の富裕層がやってきてお金を落としてくれる。その考え方自体は僕の好むものではないけれど、まぁ一応の筋は通っている。

 しかし現実をよく見て欲しい。バックパッカーでさえ寄りつかないような国が一足飛びに「世界の富裕層」にターゲットを絞ろうなんてのは、いささか虫がよすぎるのではないだろうか。それとも農民が熱狂する闘鶏場にガイジンを呼ぶつもりなんだろうか。それならそれで面白いけど。


闘鶏はエキサイティングなギャンブルだが、一般ウケは期待できないだろう

 製造業を育てるのもかなり難しい。外国企業を誘致しようにもインフラは整備されておらず、人件費も高騰しているし、交易条件も悪いからだ。これでは他のアジア各国(インドネシアやマレーシアやベトナムなど)との競争に勝てる見込みはまずないだろう。

 僕がもっとも現実的だと思うのは、外国への「出稼ぎ労働」を外貨の稼ぎ手の柱にしていくことだ。国内で仕事が見つからない以上、人々が海外に出て行くのは自然な成り行きであるし、幸いなことにポルトガルという強い味方がいるから、他の国よりも条件がいいのである。東ティモールは人口100万あまりの小国だから、わずか数万人がヨーロッパに出稼ぎに行っただけでも、国の経済には大きなインパクトになる。

 僕は出稼ぎ労働を必ずしも否定的に捉えてはいない。もちろん国内に強い産業を育てて、自立的な発展を促すのがベターな道だが、様々な条件(地理的・政治的・人口規模)でそれができない国もあるのだ。それでも人々は生きていかなければいけないし、働かなければいけない。

 「人口ボーナス期」に国内産業を育てることができず、経済成長の波に乗れなかった国が、労働力を外国に送り出して外貨を稼ぎ出すというのは、比較的穏当な問題解決法だと思う。実際、ネパールやフィリピンやインド南部のケララ州などは、出稼ぎによって貧しさから抜け出そうとしている。

 出稼ぎ労働を主軸に置いた社会は、村落の伝統的な暮らしを維持しながら、経済的にもそれなりに豊かになることができる。農業の担い手(主に年寄りや女性)が田んぼでお米を作り、海で魚を捕って暮らしながらも、出稼ぎに行っている家族から送られてくるお金で家を建てたり、バイクや電化製品などを買うことができるのだ。

 農村は子供を産み育てたり、老後を過ごしたりする場所になるだろう。
 そこは「いつか出ていく家」であり、そしてまた「いつか帰ってくる故郷」でもある。












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