ba04-9478 バングラデシュでは男たちの姿を写真に撮ることが多かった。イスラム国では女性を撮ることが難しいということもあるし、それと反対に男たちの方は「俺を撮ってくれ!」と実に積極的なのである。その傾向は首都ダッカよりも農村の方が強かった。

 男たちの中にも「写真に撮りたい男」と「あまり撮りたくない男」がいるのだが、それは容姿の美醜とはあまり関係がなかった。特に二枚目ではないけれど、際立った存在感があり、胸を張って生きている男。そのような人にカメラを向けることが多かった。

 被写体が男性の場合に問題なのは、いかにしていい表情を引き出すかということだった。これはバングラデシュに限らず、どの国にも共通して言えることである。突然、正面からカメラを向けられると、照れ臭くなって表情がコチコチに固まってしまう。そういう男性が多いのである。「俺を撮ってくれ!」と言ってきたわりに、カメラを向けられると眉間に皺を寄せて厳しい表情になってしまう男もいた。

ba04-0303 そんなわけで、僕は男たちの自然な表情を撮るために、彼らが何かをしている場面を狙うことにしていた。細かい手仕事に集中している時や、市場で重い荷物を担いでいる時なんかに、彼らの「素」の表情が出てくるのである。

 バングラデシュの地方都市には、様々な工房が並ぶ工業地区があるので、僕はそこによく足を運んだ。そして蒸し暑い工房で彫金細工をする男の横顔や、派手なリキシャの飾りを作る男の姿などを写真に収めたのだった。

ba04-9912 英語を話せる男たちから声を掛けられることはしょっちゅうあったが、そんなときに話題になることが一番多かったのがイラク問題だった。彼らは同じイスラムの国であるイラクにアメリカ軍が侵攻し、罪のない市民を殺しているという事実に憤っていたし、日本の自衛隊がイラクに派遣されたことに対しても強い不快感を持っていた。だから僕が日本人だとわかると、厳しい質問が飛んできた。

「日本は戦争に負けて焼け野原になった後、めざましい経済発展を遂げた。我々はそのことを尊敬している。バングラデシュにも援助をしてくれている。そのことにも感謝している。でもイラク戦争ではアメリカの言いなりになっている。どうしてなんだ? それは間違ったことではないのか?」

 この種の質問をされる時、僕は「アメリカの同盟国としてイラク戦争に異を唱えるわけにはいかない」という日本政府の立場と、「しかし僕はアメリカ軍と日本政府の姿勢には反対だ」という自分の立場とを、共に説明する必要があった。日本でもアメリカ軍とブッシュ大統領のやり方に賛成している者は少ないのだと。

 しかしそのような説明をいくら続けたところで、相手は納得しなかった。僕は日本人であり、その日本人がアメリカ軍に協力してイラクに派遣されているという事実は何も変わらないからだ。
「日本はアメリカの子分なんだな?」
 そう言われると、もう何も言えなかった。

ba04-8341 バングラ人がイスラムの同胞としてイラク問題に強い関心を寄せているのは、僕にとって少し意外だった。バングラデシュはパキスタンやイランなどと違って、イスラム国の中でもあまり宗教色の強くない国だったからだ。少なくとも三年前に旅したときには、そのように感じた。
 そもそもバングラデシュがパキスタンから分離独立したのは、同じイスラムの同胞であるということよりも、ベンガル語を話すベンガル人であるという民族的アイデンティティーを選び取った結果なのである。

 現在のバングラデシュがイスラム化し始めているのは、多くの人が認めるところである。政治の世界でもイスラム主義を掲げた政党が力を持ち始めているという。それが世界的にイスラムの力が強まっているためなのか、バングラデシュ独自の動きなのかはよくわからなかった。
 ひとつだけはっきりしているのは、2001年の同時多発テロ以降、世界各地のムスリムが同胞意識を強め、アメリカとの対決姿勢を強めているということだった。

 僕はバングラデシュの旅を終えたあと、ネパールに飛び、そこからインド、パキスタンを経て、アフガニスタンへと向かうつもりだったから、ムスリムたちの反米感情には敏感にならざるを得なかった。
 「テロとの戦い」や「文明の衝突」が、自分とは関わりのない対岸の火事だとは言っていられない状況だったのである。

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