すらりと伸びた手足。ショートカットにした硬めの髪。強い意志を感じさせる大きな瞳。血色の良い唇からこぼれる白い歯。イイモンは伸び盛りの若葉を思わせるみずみずしい少女だった。飾り立てる必要のない自然な輝きを持った少女だった。
ただ美しいだけではなく、イイモンには人を惹きつける何かがあった。僕がもし彼女と同じ13歳で、同じ教室に机を並べていたとしたら、間違いなく恋に落ちていただろう。そしてその気持ちを打ち明けられずに、悶々とした日々を送ることになったに違いない。そんな一方的な憧れを抱かせる魅力を彼女は持っていた。
彼女に初めて出会ったのは3年前だった。ミャンマー中部にある仏教遺跡の町バガンを訪れたとき、休憩のために立ち寄った茶店で、赤ん坊を抱いた少女にカメラを向けた。それがイイモンと妹のトゥトゥだった。当時のイイモンはとてもボーイッシュな印象の少女だった。肌は浅黒く、髪の毛もとても短くしていたので、耳のピアスがなければ少年と間違えてしまいそうだった。妹を見つめる視線の強さと優しさはとても印象的だったが、美しい少女として記憶に残っていたわけではなかった。
3年という歳月は、一人の少女をこれほど大きく変えてしまうものなのか……。僕は10歳のイイモンを写した写真と、目の前にいる彼女とを見比べながら、軽くため息をついた。彼女は一匹の幼虫がサナギの期間を経て美しい羽を持つ蝶に生まれ変わるように、見事な変身を遂げていたのだった。
「イイモンは本当にいい子よ。あの子は昼間母親の店を手伝って、夜学校に行ってるの。父親がいないものだから、あの一家の暮らしは楽じゃないのよ」
そう教えてくれたのは、食堂で働くイティータという女の子だった。イイモンの母方の親戚にあたるイティータは、二年前まで大学で英語を専攻していたということで、かなり流暢に英語を話した。
「イイモンの父親はお酒の飲み過ぎがたたって、あっさり死んでしまったの。自分の店に置いてあるお酒を、客に出さずに自分で飲んでしまったのよ。しらふのときはいい人なんだけど、酒を飲み出すと止まらないの。どうしようもなかったわ。彼が死んでからしばらくして、イイモンの母親は再婚することにしたの。女一人で3人の子供を抱えて暮らすのは、楽なことじゃないから。ところが、その再婚相手というのが亡くなった夫の弟だったの。つまりイイモンにとっての叔父さんね。この国では、一度結婚した女性と再婚しようとする男性はとても少ないの。だから選択肢が少なかったのよ。そうじゃなかったら、あんな男と再婚するはずないわ」
「二番目の夫はそんなにひどかったの?」
「悪い人じゃなかったわ。でもね、性格がお兄さんと同じだったのよ。要するに飲んだくれね。彼も店にあるお酒を毎日飲んで、アルコール中毒になって、すぐに死んでしまったの。性格も死に方も、兄弟揃って全く同じだった。そしてあとには4人の女の子が残されたの」
イティータはイイモンと母親の方を見て、深いため息をついた。イイモンの母親は僕らが自分のことについて話していることを知ると、曖昧に微笑んだ。整った顔立ちの女性だが、その顔には深い疲労が刻み込まれているように見えた。
「ということは、末の妹のトゥトゥは、母親と二番目の夫との間にできた子供なんだね?」
「そう。イイモンとトゥトゥは父親の違う姉妹よ。でも父親同士の血は繋がっているから……」
「……ややこしい話だね」
「まったく」イティータは大きく首を振った。「男の人ってどうしてあんなにお酒が好きなのかしら。あの子たちの父親だって、お酒さえ飲まなければこんなに早く死ぬことはなかったのに。私の店でも夜にはお酒を出すけど、本当は嫌なのよ。でも食堂の売り上げだけじゃやっていけないから、仕方なく出しているの」
ちょうど夕食時でもあったので、僕はイティータの店で定食を食べながらビールでも飲もうかと思っていたのだが、彼女の話の流れ上、アルコールを頼みにくくなってきたので、代わりにスプライトを注文することにした。
「私が結婚するときには、お酒を飲まない人を選ぶわ。絶対に」
イティータは断言した。彼女は今24歳で、まさに結婚適齢期なのだ。
「でもミャンマー人の男のほとんどが飲んだくれなの。本当よ。男の人はいろんな理由を付けて飲みたがるわ。『仕事が上手く行かない』と言っては飲み、次の日には『仕事が上手く行った』と言って飲むの。何を考えているのか、私にはわからないわ」
働き者の13歳
バガンに滞在した3日間、僕は毎日イイモンとイティータの店に通い、彼女たちとの他愛もないお喋りを楽しんだ。バガンはミャンマー最大の仏教遺跡がある町であり、外国人も多く訪れる観光地なのだが、彼女たちの働く食堂は観光客が集中する場所からは少し離れているので、むしろ地元客の方が多かった。
イイモンの家族が住む部屋は、茶店の奥にあった。3畳ほどの狭い部屋がふたつ、鰻の寝床みたいに繋がっていた。隅にある衣装タンス以外に家財道具と呼べるようなものがほとんどなく、とても質素な部屋だった。ウィスキーメーカーの販促品らしいデビッド・ベッカムのポスターが、薄暗い部屋にわずかばかりの彩りを添えていた。その雰囲気からも、一家の商売があまりうまく行っていないことがうかがえた。
イティータが言った通り、イイモンは本当によく働いていた。客の注文を聞き、出来上がった料理を厨房から運び、こまめに店の中を掃除して回る。そして店が暇な時間には、いつも末の妹トゥトゥの面倒を見ていた。トゥトゥは店の切り盛りで忙しい母親よりも、イイモンと一緒にいる時間の方が長かったし、姉の膝の上にいる時が一番くつろげるようだった。イイモンは甘えたい盛りの妹をいつも温かく見つめていた。その視線はとても13歳の少女のものには見えなかった。それは母親の持つ母性そのものに見えた。
年長のお姉ちゃんが幼いきょうだいの世話をする姿は、アジアではごく当たり前に目にするものだけど、イイモンとトゥトゥの間にある絆は、特別に強いものだった。二人は父親の違う姉妹ではあるけれど、共に父親を幼い頃に失った哀しみを共有している。そして二人はその哀しみを癒せるのがお互いの存在以外にはないということも知っている。そのような運命共同体的な結びつきが、二人の絆を特別なものにしているのだろう。
イイモンは同年代の他の少女たちとは明らかに違う雰囲気を持っていた。彼女は他の誰よりも大人っぽく、それと同時に誰よりも繊細だった。誰かを守り抜く包容力を持ちながら、その一方で誰かが守ってあげなければ壊れてしまうような脆さも併せ持っていた。不思議な少女だ。そして魅力的な少女だ。
もし13歳だったとしたら間違いなく彼女に恋していただろう、と僕は改めて思った。でも僕は13歳ではないし、18歳でもなかった。時計の針は決して戻らない。その事実が少しだけ残念に思えた。