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結婚式のために川を歩いて渡る新婦

 ネパールの結婚式は丸一日がかりの盛大なものである。まず新郎がおみこしに乗って実家を出発し、新婦の実家へ向かう。新婦の実家に到着し、儀式を行った後、今度は新郎が新婦を連れて新郎の実家に戻る。僕が立ち会うことになったカップルは、お互いの実家が近いので問題はないのだが、実家同士が遠く離れている場合は大変である。

 僕が山歩きをしている間、いくつかの結婚行列に出会ったのだが、中には山をいくつも越え、増水した川を腰まで水に浸かりながら歩いて渡り(橋もあるにはあるのだけど、ずいぶん遠回りになってしまうのだ)、何日も歩いて新郎の実家に向かう人達もいた。いくらおめでたいことだとは言え、ここまでくると江戸時代の参勤交代並みの重労働である。

 結婚行列の主役である新郎は、色の濃いサングラスをかけ、真新しいスーツを着て、履き慣れない革靴を履き、黒い傘をさしかけられて、おみこしに乗せられている。どの新婚行列もだいたいこのようなスタイルで統一されている。

ne04-4714 行列には親戚縁者の他に音楽隊も混じっている。彼らはどこかで結婚式や宗教儀式があると出張して演奏するプロの楽隊である。「ナルシン」という人の背丈ほどもある長いホルンのような楽器を吹く男四人が先頭に立つ。ナルシンの「ブォー」という音は村中に響き渡るほど大きい。その音で、今から結婚式が始まることを村中に知らせているのだ。その他には太鼓と鐘を担当する男達と、ラジカセを手に持って踊りまくるだけの役割のよくわからないおっさんがいる。とにかく大きな音で行列を華やかに盛り上げるのが彼らの役割なのだ。

 新婦の実家では、赤いドレスを着た新婦が新郎の到着を待っている。新郎がやってくるまでの間、男性はこの部屋には入ることを許されない。やがて新郎一行が到着すると、新婦は水差しを手に持って家の前に現れる。新婦は水差しの水を少しずつ地面に垂らしながら、新郎の周りを三回まわる。そして松の葉で出来たリースを新郎の首にかける。音楽がいっそう大きくなり、新郎と新婦の周りには何十もの人垣ができる。

 花嫁の表情はとても硬かった。慣れない儀式の緊張感や、結婚生活に対する不安などが彼女の頭に渦巻いているのが、端から見ている僕にも伝わってきた。花嫁と花婿は、いくつかの宗教的な儀式を済ませた後、再び行列を組んで花婿の実家に向かうのだが、二人が口を利く場面は一度もなかった。そういう決まりになっているのか、それとも緊張で何も話せないのかはわからなかった。

ne04-2531ne04-2410 ネパールの結婚式は、僕にとっては退屈なイベントだった。日本の結婚式にあるようなドラマチックな演出はなく、ただただ歌って踊るだけなので、一時間もすると飽きてしまった。楽隊の演奏する音楽も三パターンぐらいしかないし、盛り上がる場面も盛り下がる場面もなく、ひたすら同じメロディーを繰り返していた。CMのメロディーが耳について離れなくなって、一日中頭の中で鳴り続けている状態に似ているかもしれない。

 感心するのは、音楽も歌も踊りも全く途切れないことだった。楽隊も踊り手も、途中で誰か一人が休むことはあっても、決して歌や踊りそのものがストップすることはなかった。僕はその様子を眺めながら、この宴の目的は何かを「成し遂げる」ことではなく、何かを「続けていく」ことにあるのかもしれないと思った。大勢の人間が同じリズムと同じメロディーと同じ退屈さを共有し続けること。それによって一体感を生み出すこと。それこそが延々と一昼夜続く祝宴の目的なのではないかと思った。

 夕食は家の外にある空き地で、新郎と新婦の隣に座って食べた。メニューは山羊肉のカレーだった。大勢の村人に振る舞うために、朝に二頭の山羊が殺されていたのだ。

 片言のネパール語で年齢を尋ねてみると、新郎は二十歳で新婦は十七歳だということがわかった。サンタによれば、これは親同士の決めた結婚なのだそうだ。カトマンズなどの都会では、半数以上が恋愛結婚をするようになっているのだが、農村では親が決めた相手と結婚するカップルがいまだに九割近くを占めているという。古い世代には自由恋愛に否定的な人が多いし、みんなが顔見知りである小さな村の中では、二人きりでデートすることさえ難しいという現実もあるようだった。

ne04-2235 この頃になると、新郎の表情にはずいぶん余裕が出てきたが、新婦の表情にはまだ硬さがあった。そして相変わらず二人はひとことも言葉を交わさないまま、黙々とカレーを食べていた。

 やがて夕闇が僕らを包み込んでいった。西の空に薄く伸びた雲が紅く染まり、次第に色を失いながら空と溶け合っていった。闇が深くなるにつれて、人々の輪郭もぼんやりとしてきた。朝の深い霧があらゆるものの色彩を吸収していたように、深い暗闇があらゆるものの輪郭を吸収していった。

 暗闇の中で、僕は不思議な解放感を味わっていた。それは常に誰かから見られていることからの解放感だった。外国人を見ること自体が珍しいネパールの山奥では、どこへ行っても何をしていても、人々の好奇の視線に晒されることになる。時には用を足そうとしているときに、子供が後をつけてくることさえある。僕自身がそういう土地を選んで旅しているわけだから、それについて文句を言うのは筋違いなのかもしれないけれど、あまりにもそれが続くとひどく疲れてくるのは確かだった。

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16歳で結婚したポルミラ。10代の結婚はネパールでは珍しくない。

 しかし、闇の中ではそのような視線を気にする必要はなかった。そこでは誰もが同じヒトであり、一緒にものを食べ、歌をうたう仲間だった。隣に座っている新婚夫婦も、僕と同じように感じているようだった。彼らは一日中ずっと注目され続けていたわけで、そこからの解放感は僕以上のものだったのだろう。

 やがて二人が小さな声でぼそぼそと話す声が聞こえてきた。それは二人が交わす初めての会話だった。お互いに目を合わせないままのぎこちない会話ではあったけれど、二人の間の距離は明らかに縮まっているようだった。

 彼らは何を話しているのだろう。今日の結婚式のことだろうか、それともこれからの二人の将来についてだろうか。
 いずれにせよ、急ぐ必要はなかった。二人の時間はまだ始まったばかりなのだから。