質問:就職か写真の道か

 はじめまして。こんにちは。大学生の※※と申します。今回メッセージを送ったのはちょっと相談したいことがあります。その相談というのは、4月から就職するのですがその就職に迷いがあるということです。
 
 つい最近まで、バックパッカーで10日間ほど東南アジアを一人でまわっていました。その東南アジアに行くきっかけとなったのは、三井さんの「たびそら」サイトをみてからでした。そこから、いろいろファンになり本を買って三井さんが撮る写真を見て勉強をしていました。自分も2、3年前から写真が好きでデジタル一眼レフを持ちちょこちょこ街を歩いています。今回の旅ももちろんのように一眼を持って行きました。そこで、写真の面白さを改めて再認識させられたと同時に旅の面白さも知りました。また、旅でいろいろな人との「一期一会」がとても楽しくてやみつきになりそうです。そこで、帰国してからかなりの迷いが生じています。なので、今の就職を続ける自信がないので、辞退しようか迷っています。
 
 そして、写真の道の仕事を選ぼうかと迷っています。もしくはフォトジャーナリストを目指してやろうかと思っています。正直、そう簡単になれるとは思っていません。でも、一度きりしかない人生で、普通の生活をして過ごす日々はつまらなさすぎます。
 
 ちなみに、写真は全くの素人です。就職するのはテレビのカメラマンの仕事です。
三井さんはもし自分の立場ならどうされますか?それと、写真一本で食っていくのは難しいでしょうか?わかりづらい文ですみません。教えてください。
 
 

三井の答え

 実は最近、このようなメールを受け取ることが多くて、ちょっと困っているんです。どうしてかというと、なかなかうまく答えられないから。
 
 僕の中には二つの異なる(矛盾すると言ってもいいかもしれない)立場が同居していて、どちらの側に寄り添って考えるかによって、返答の内容が大きく変わってくるのです。違うパーソナリティーを持つ「僕A」と「僕B」がいる。そう考えてもらえばわかりやすいでしょうか。
 
 だから今回は、その「僕A」と「僕B」にそのまま登場してもらって、二人の掛け合いをそのまま相談の答えにしてみようと思うのです。ちょっとわかりにくいかもしれませんが、しばしお付き合いを。
  

僕A 「最近、こういう悩み相談を受けることって多くないか?」
 
僕B 「確かにそうだね。20歳前後の若い読者からメールをもらうことが増えた気がする。旅の質問、じゃなくて進路相談や人生相談が多くなった。進路指導の先生にでもなった気分だよ」
 
A 「はっきり言うけど、彼は写真家にはなれないよ。もちろんフォトジャーナリストにも」
 
B 「厳しいね」
 
A 「だってね、いくら就職を間近に控えてナーバスになっているからって、就職をやめるかどうかっていう重要な決断を、赤の他人にメールで相談して結論を出してもらおうって考えている時点で、人生を甘く見ているとしか言いようがないじゃないか。自分一人で悩み抜いて結論出すべきことだよ、これは。彼は一度きちんと就職して、仕事を通して社会の厳しさや達成感を知ったほうがいい。そのほうが彼のためだよ」
 
B 「旅に出るのは、しばらく仕事を続けてからでも遅くはないと?」
 
A 「そのとおり。彼の場合、自分の『夢』を語ることで、現実から『逃避』しようとしているだけなんだよ。就職したくはない。サラリーマンとして平凡な人生を送りたくはない。それで写真家という職業の良く見える部分だけを膨らませて、漠然とした憧れを抱いているんだ。『旅をするのが仕事だなんていいなぁ』って」
 
B 「でもさ、僕は君のようにバッサリとは言い切れないんだよ。なぜなら、僕ら自身の20代がまさにそうだったからさ。僕らが会社を辞めて旅に出たとき、その先の人生の明確なプランを描けていただろうか? ノー。まったく何も描けていなかった。逃避だと言われれば、まったくその通りだった。あのとき僕らはただ自分が置かれた状況を変えたかった。人生の先が見えてしまうことを恐れていたんだ。それで旅に出た」
 
A 「確かにね。今から振り返ってみれば、課長に辞表を出したときの僕らなんて、まったくの甘ちゃんだった。何も考えていないのと同じだった。本当に恥ずかしくなるよ」
 
B 「そうだろう? でも、そういう恥ずかしい勘違いというか、思い込みの激しさだけで会社を辞めてしまって、先の見込みがまったく見えない状態で、思い切って新しい人生をスタートさせたからこそ、今の僕らがあるんじゃないか。あのとき、濃い霧に隠されていたこの道の本当の険しさが見えていたら、僕らは会社を辞めていただろうか?」
 
A 「要するに、『見る前に飛んだ』から、飛べたってことかい?」
 
B 「そういうこと」
 
A 「でも、同じようなことを彼がやったとして、成功する確率はどれぐらいあるだろうか?」
 
B 「さぁ・・・難しいね。2割あるかないかってところじゃないか?」
 
A 「冗談言っちゃいけないよ。1%もないってのが本当のところだよ。僕らは運が良かったんだよ。そもそも『写真家になろう』と思っていたわけでもなかったじゃないか。成り行きでこうなっただけだよ。もちろん、写真を仕事にするための努力はしたし、一応の戦略はあった。でも結局のところ、ツイていたんだよ」
 
B 「僕自身はあまりそうは考えたくないんだけどね」
 
A 「でもそれが事実さ。ギャンブルだよ。そりゃ人生というのはある程度ギャンブルだけどね。でもそれを他人に勧められるかい? ほぼ落ちるってわかっている崖の前に立っている人間に、『さぁジャンプしろ』って言えるかい? 僕にはそんな無責任なことは言えない」
 
B 「でも、こうも考えることができるよ。彼は99%崖から落ちるだろう。写真家にはなれないだろう。でも、崖の下だって捨てたもんじゃないかもしれない。ポニョはいないだろうけど。新しい世界が開けるかもしれない。もし失敗したとしても、それで死ぬわけじゃないんだ。むしろその失敗をバネにして、より充実した人生を送れるようになるかもしれないじゃないか。何が成功で何が失敗かなんて、ずーっとあとになってみないとわからないものだよ。だから思い切って飛べばいい。あとのことはまたあとになって考えたらいいってね」
 
A 「君はいつでも楽観主義者なんだな」
 
B 「ああそうだよ。君は現実主義者で、僕は楽観主義者。そういう役割分担」
 
A 「僕は彼に厳しいことを言ったけど、夢を現実に変えることができる人間というのは、誰に何を言われてもやり抜こうっていう意志の力を持っているものだよ。彼がそれを持っているかどうかは、この文面だけではわからないけどね」
 
B 「成功のためには意思の力が不可欠だって?」
 
A 「そういうこと」
 
B 「でもさっき君は、僕らは運が良かっただけだって言ってたじゃないか?」
 
A 「まぁ運も必要だ。それに加えて、意思の力も努力も必要だ。まぁそれはいいじゃないか。いずれにしても決めるのは彼なんだ。自分で決めたことなら、飛んでも飛ばなくても、崖から落ちても落ちなくても、その結果に納得できるだろう。そうやって人生を自分自身で『ハンドルする』っていう実感が、今の彼にはもっとも必要なことなんじゃないかな」
 
 
 ・・・・・・こうやって文字に書き出してみて自分の頭の中を整理するのって、僕にとってとても大切なことです。普段気づかないようなことに気づかされるから。僕の中には、非常に楽天的にポジティブに考える自分と、事態の推移を客観的に冷静に眺めている自分とがいる。それを改めて自覚しました。
 
 この「旅空日記」ではわりあいにポジティブな考えを述べることが多いのです。それは「旅人」の立場で書いているから。旅人というのは「明日はきっと良いことが起きるに違いない」と思って眠りに就くわけです。そうでもしないと、見ず知らずの土地を走り続けることなんてできない。自然と物事のよい面を見ようとするんです。「僕B」が優勢なのですね。
 
 でも日本に帰ってくると、冷静な自分が優勢になる。仕事のこと、生活のこと、お金のことを考えなくちゃいけない。
 
 「楽観」と「現実」の間でどうバランスを取っていくのか。それが僕の課題でもあり、たぶん質問者の課題でもあると思うのです。
 
 いずれにしても答えを出すのはあなたです。