質問:写真家になりたい
初めまして。私は現在教員を目指している大学3年生です。「アジアの瞳」を書店で見つけ,そこから「たびそら」を拝見させていただきました。なぜこの本と出合ったかというと,この本を買う数日前まで1ヶ月程インドへいっていたことが大きな原因の一つです。
教師になりたいと思う一方で,まだまだ自分の目で確かめたい現実があることを知り,教師になる前に世界を見て,伝えるような活動をしたいと思っていました。
そこでフォトジャーナリストである三井さんにメールさせていただきました。「フォトジャーナリスト」として活動し,本を出版するということがいかに困難なものかを知りたいのです。
そして,三井さんがどうそれを成し得たのでしょうか,ということが知りたいです。
これは教員になっていくための手段であり,これ自体も目的であります。自分一人でできることには限界がありますし,世界を見て伝える事以上に教育の現場というものは狭い範囲でしか活動できません。
しかし,今の時代,今の子供達に伝えていくべきことは,教師が・自分が見て感じたものを伝えるということだと私は考えているのです。だからこそ,欲張りかもしれませんが三井さんのような活動をしたいと思っています。多くを見たいのです。
やってみて気づけることなのかもしれませんが,三井さんのご意見を聞きたいと思うので,ぜひお返事を待っています。よろしくお願いします。
三井の答え
まず最初にお断りしておかなくてはいけないのは、僕は「写真家・フォトグラファー」であって、「フォトジャーナリスト」ではないということです。まぁ呼称というのはかなりいいかげんなものなのですが、やはり「ジャーナリスト」と呼ばれるのには抵抗があります。僕の軸足はその土地を自由に歩き回る「旅人」という立場に置いておきたいのです。
そもそも「フォトジャーナリスト」と「フォトグラファー」と「プロカメラマン」は、その成り立ちというか、そこに至る道筋が全く違うのです。僕自身、写真業界に深く関わっているわけではないので、はっきりと断言はできないのですが、感覚としてはかなり違います。
フォトジャーナリストの場合は、通信社や新聞社の記者としてキャリアを積んでから、フリーランスとなって一人で活動するというのが一般的だと思います。活動の場としては、週刊誌などの雑誌メディアが多いようです。
プロカメラマンというのは、職業的に写真を撮る人のことを広く一般に指す言葉です。だから料理カメラマンもいれば、スポーツカメラマンもいるし、広告カメラマンもいます。カメラマンは基本的にクライアントから仕事を請け負って、それを要求通りにこなすことが求められます。写真の専門学校に通ったり、スタジオに弟子入りしてなるのが一般的です。
さて、最後のフォトグラファーですが、これが厄介者です。だってフォトグラファーの定義自体があやふやだし、「こうやったらフォトグラファーになれる」というのは、誰も教えてくれないから。ひとりひとりなり方が違うし、「食えていない人」も多い。あるいは、「カメラマン」としてお金を稼ぎながら、「フォトグラファー」として活動している人もいる。もちろん大成功したフォトグラファーもいますが、アマチュアとプロとのあいだを行ったり来たりしているという人が大半なのではないでしょうか。
その点を踏まえた上で、話を進めましょう。文面から推測すると、あなたは「フォトグラファー・写真家」になりたいのでしょう。つまり一番厄介な道に進みたいと思っているわけですね。
先ほども書きましたが、フォトグラファーになる決まった道というのは存在しません。いろいろな紆余曲折を経て、結果としてなってしまった、というようなものだと僕は考えています。
さて、あなたは教師になるために大学で勉強し、さらに自分の目で見たことを子供達に伝えたいと思っているのですね。それはとても素晴らしいことだと思います。
教育現場の混乱が伝えられて久しいですが、その根本には「教師が伝えられることの限界と、メディアの発達」があると僕は考えているのです。
昔、教師は掛け値無く「えらい人」でした。情報が少ない時代には、ある知識を上意下達的に伝えるだけで、尊敬を勝ち得ることができたのです。でも情報化の急速な進展によって、誰もが容易に知識にアクセスできるようになった。「知っているか」「知っていないか」を問うことが、あまり意味をなさなくなっているのです。
そういう時代に教師に求められるのは、自分自身の目や耳や体で実感したものを、自分の頭で考え抜いたことを、子供達に伝えることだと思います。単なる出来合いの知識を教えるのではなくて、あなたがどういう経緯でその考えに辿り着いたのかという試行錯誤の道筋や、あなたが心の内に抱えている情熱を伝えることができれば、それは子供達にとってかけがえのない体験になるのではないでしょうか。
だから僕は、あなたが教師になる前に世界を旅するのは、とてもいいことだと思うし、教師になってからもぜひ続けて欲しいと思うのです。
最後に、「フォトグラファーとして活動するのは困難か」という質問ですが・・・困難です。そりゃもちろん。
その困難さは、「誰も正しい道を教えてくれない」、つまり「マニュアルがどこにも存在しない」ということに起因すると思うのですが、僕はどうやらそういう迷子みたいな状況を楽しんでしまえる性格らしいので、あまり深く悩んだりはしません。
しかし考えようによっては、教師になることだって決して容易ではないはずです。資格を取って試験にパスすれば採用されるかもしれないけれど、それはあくまでも教師としてのスタートラインに立ったというだけですよね。子供という自分の思い通りにはならない存在が相手なのだから、マニュアルに従っているだけでは、いい教師になれるはずがない。
「自称」フォトグラファーが大勢いる中で、「一流」と呼べる人はほんの一握りであるのと同じように、しっかりと生徒と向かい合って授業のできる先生は、ほんの一握りなのかもしれません。
もちろん、これはどんな職業にも言えることですね。常に自分自身を磨き続けること、成長し続けることが、何よりも大切なのだと僕は考えています。