いい写真を撮るためのコツは「確率計算」だ、なんて言ったら笑われるだろうか? でも実際に、僕は撮影旅のあいだ常に確率を考えながら行動している。「こっちに進んだ方がフォトジェニックな場面に出会う確率が上がるのではないか」と。たぶん「直感」とは人の経験に基づく確率計算の結果なのだ。
「素晴らしい被写体に出会えた思い出の地」を数年後に再訪すると、多くの場合がっかりすることになる。これは「その町が変わってしまった」のではなくて、前回は「たまたま幸運に恵まれていた」だけだと考えると納得できる。統計用語で「平均への回帰」と呼ばれる現象は、実際の旅でもよく起きている。
街角スナップの場合には「その土地をよく知らない方がいい写真が撮れる」ことが多い。何もかもが新鮮で、驚きの目で物事を見ようとすると、自然に「撮りたい」という意欲が湧いてくる。好奇心を持って眺めてみれば、ゴミ箱だって電線だって魅力的に見えてくる。
新鮮な好奇心を保ちながら、直感(という名の確率計算)にしたがって歩く。そうすれば、必ずいい写真が撮れるはずだ。楽しむことが大切だ。目の前の風景に深い感動を覚えながら、子供たち一緒に笑いながら、心臓を高鳴らせてシャッターを切ろう。
「インドに行くと人生が変わるって本当?」という質問には「人それぞれだけど、僕は変った」と答えている。でも写真家になった直接のきっかけはインドではなくて東南アジアだったし、もっと言えば「旅」そのものだった。インドからは「お前はこの道を進めばいい!」と強く背中を押されている気がする。
インドは好きなところ、嫌いなところ、美しいもの、醜いものが混在する国だけど、いずれにしても「替えがきかない」存在だ。カラフルな民族衣装も、スパイシーな食べ物も、過剰にフレンドリーで時として意味不明な人々も、インドにしかないもの。他の国じゃダメなんだ。
インド西部グジャラート州でタマネギを植えている女性の笑顔。タマネギはインドでも特によく食べられている野菜だ。
インド北部ウッタルプラデシュ州で出会った農家の女性。畑で抜いた雑草をタライに載せて運んでいた。普段着として着ているサリーの色鮮やかさが素敵だ。
インド北西部ラジャスタン州で出会った少女の笑顔。大きな瞳の奥には、撮影者である僕の姿が写り込んでいた。
インド北西部ラジャスタン州で出会ったガラシア族の女性。独特の派手な民族衣装を普段着として身につけている女性が、市場で野菜を並べて売っていた。インドの日常には色が溢れている。
インド西部グジャラート州で出会ったおばあさん。両耳の重そうなピアス(とそれに引っ張られて伸びた耳たぶ)や腕の入れ墨がオシャレだ。インド女性は昔から着飾ることが大好きなのだ。
インド中部マハラシュトラ州で出会った老人の笑顔。彼が針金と木の板を組み合わせて作っているのはネズミ取り。エサを仕掛けておくと、バネの力でバチンと入り口が閉まり、ネズミが捕まるという古典的な仕掛けだ。
インド南東部オリッサ州の農村で出会った少女の笑顔。好奇心いっぱいの大きな瞳を向けてくれた。