昨日、20周年を迎えた「たびそら」の歩みを振り返る企画。今回は第二部です。
 旅も写真もまったくの素人だった僕が、試行錯誤を繰り返しながら「自分らしい写真とは何か」を探っていたのが、初期の5,6年だったと思います。そして「人が行かないところに行くための移動手段」を探していたときに出会ったのが、バイクだったのです。

 旅を始めた当初は、列車やバスで移動していました。でも、それでは駅やバス停といった決まった場所にしか降りられない。
 僕はいつも車窓から見える風景を歯ぎしりする思いで眺めていました。「今、ここで降りたい」と。
 バイクはもっとも自由な移動手段です。好きなときに、好きな場所に行くことができるのです。

 

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 アジアの観光地には、1日3ドルから5ドルぐらいの安い値段でバイクを借りられるレンタルショップがあります。クラッチのないスクータータイプだから自転車感覚で誰でも乗れる。大半の旅行者はそれで観光名所を効率よく回るわけですが、僕はレンタルバイクを長期間借りて、誰も行かない田舎の村を巡ることにしたのです。

 街から街への移動しかできなかった旅行者にとって、「どこにでも止まれるし、引き返すことだってできる」というバイクの自由度はまさに革命的でした。そして、この限りなく自由な移動手段が、僕が本当に撮りたい被写体を教えてくれたのです。「偶然に導かれて出会う人々のありのままの表情」を求めて、僕はただひたすらバイクを走らせました。

 

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 最初にバイクを借りたのはインドネシア(サモシール島)でした。それからカンボジア、タイ、ベトナム、フィリピン、ミャンマー、東ティモール、ネパール、スリランカ、バングラデシュなど、さまざまな国でバイクを借りましたが、もっともバイク旅に向いている国に、ついに出会いました。それがインドです。

 もちろんガイドブック的な意味合いにおいて、インドをバイクで旅するのは決してお勧めできる行為ではありません。順法精神に富んだ日本の運転に慣れた人にとっては、インドにおけるルール無用の交通カオスは「狂気の沙汰」に近いものかもしれない。僕も最初はびっくりしましたが、すぐに慣れました。

 インドは広大で、多様性に富んだ国です。人口が1億人を超える「州」があり、州をまたぐと話している言葉が変わり、人々の顔も、食べ物も変化する。ひとつの「国」というよりは、ひとつの「世界」です。この広大なインド世界にどっぷりと浸かって旅をするのに、バイクほど適した移動手段は他にないと断言できます。

 僕はインドの全てが好きなわけではありません。特に耐えられないのが過大な人口密度と、それに伴うすさまじい混雑です。列車の切符を買うために何時間も並ぶことや、満員のバスにさらに乗客を詰め込もうとする車掌の態度には、どうしても我慢できなかった。でもバイクなら、それら全てから自由になれるのです。

 古くからインドに通った旅人の中には「無意味な苦痛のないインドなんて、それはインドではない」と言う人もいるかもしれない。でも僕は、できることなら無意味な苦役を強いることのない、(楽園とは言わないまでも)穏やかで満ち足りたインドの日常の中を旅したかったのです。

 

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 僕が初めてインドをバイクで旅したのは2007年でしたが、その当時はスマホがなかったから、紙の地図を頼りに旅をしていました。間違いだらけで精度も粗いロードマップを苦労して手に入れて、道に迷ったら現地の人に聞きまくって進んでいた。暗闇を手探りで歩いているような旅だったけど、あれはあれで面白かった。

 スマホを使うようになってから、道に迷うことはなくなりました。初めての土地でもすいすい旅ができる。とても便利です。でも、その便利さと引き換えに「何か大切なものを失ったんじゃないか?」という思いもあります。道を間違える自由や、失敗する余地や、うまく行かなかったときの対応力が、旅から失われた気がするのです。

 

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 インドは、僕にとって「沼」でした。気付いたら底なしのインド沼にはまっていて、いつの間にかバイクで8周もしていたのです。「なにが僕をこれほど惹きつけたのか」って考えたときに、真っ先に浮かぶのは人の顔ですね。面白くて、テンション高めで、親切なインドの人々は、素晴らしく魅力的な被写体だったのです。

 バイクに出会い、インド沼にはまることによって、写真家として僕が進むべき「道」は定まりました。「この道をまっすぐに進んでいけば、自分にしか出会えない場面に必ず出会えるはずだ」という確信を持てるようになりました。

 やがて、その確信が「渋イケメン三部作」へと結実することになるのです。


 

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