一昨日、20周年を迎えた「たびそら」の歩みを振り返る企画。今回は第三部です。
 バイクという自由な移動手段に出会い、多様性に富んだ国・インドに毎年通うようになったことで、僕が本当に撮りたいものが見えてきました。それが、働く男たちの生き様をとらえた写真群「渋イケメン」に結実するのです。

 僕は子供の頃からものづくりに興味がありました。だから大学も理系に進み、機械メーカーに就職したのです。インドを旅するときも、観光地には目もくれず、旧市街の路地裏を歩いて、小さな町工場でものづくりに励む人々の姿を探しました。腕一本で何かを作り出している職人が、僕の目にはとても魅力的に映ったからです。

 でも、最初から「今回は働く男たちを撮ろう」と決めていたわけではありません。テーマを決めずに旅するのが、僕の基本的なスタイルです。まずは自分が撮りたいものを撮る。撮りまくる。そうやって写真が何万枚も蓄積されていくと、あるテーマがぼんやりと浮かんでくる。縦糸となる何かが見えてくるのです。

 

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「インドの男たちには、日本のイケメンとは違う、何か骨太なものがあるな」と感じてはいました。しかし、それを写真集というかたちで出版できるとは思っていなかった。そんなものに興味を示す人が多いとは思えなかったからです。需要なんてあるわけないよなぁと思っていました。

 でも意外なことに、ツイッターや講演会なんかで渋イケメンの話をすると、思いのほか反応が良いのです。「私はインドに長年住んでいるけど、そんな風にインド人を見たことはなかった。新鮮だった」と言われたこともあります。一枚の写真によって世界の見方が変わることがあるんだな、と思いました。

 普段、何気なく見過ごしている光景の中に、本物の「美」が宿る瞬間がある。僕はそう信じてシャッターを切っています。そのような「美」を具現化するのに最適だったのが「渋イケメン」というテーマでした。誰も(本人でさえも)美しいと思っていない被写体が、写真というマジックによって一瞬輝きを帯びるのです。

 

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 僕の被写体探しは常に運頼みなので、効率はとても悪いのです。絵になりそうな場所を先に調べておけば、ずっと早く正解に辿り着けるはずだけど、それじゃ面白くない。ワクワクできないのです。偶然ここを歩いていたからこそ、今あなたに出会えたのだ。そういう小さな奇跡をいつも心のどこかで期待しているのです。

 小さな奇跡は、この世界のどこにでも転がっています。それを見つけるのに、特別な能力は必要ありません。ただひたすら歩けばいいのです。全方向に感性のアンテナを張って、自分の「好き」という感覚に素直に反応する準備を整えて、あとは歩くだけです。そうやって僕は写真を撮ってきました。

 この20年、ずっとアジアを歩き続けてきました。振り返ってみるとずいぶん長い道のりだったけど、やり尽くしたという感覚はまだありません。旅のベテランでもないし、写真の「先生」でもない。インドのことだって全然知らないし、これから行きたい場所、やりたいことも数え切れないほどあります。

 10年後も、20年後も、ずっと新鮮な気持ちを持って旅をしたい。それが僕の望みです。デジタルツールはますます進化して、ヴァーチャルな体験が限りなくリアルに感じられるようになるだろうけど、実際にその土地を歩かないとわからない「真実」の価値を、写真を通じて伝えたい。僕はそう思っています。

 

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