そんなに熱くない選挙戦

 12月30日に投票が行われる総選挙に向けて、バングラデシュでは選挙熱が高まっている。街のあちこちでデモ行進が行われ、支持政党と候補者の名前を連呼していた。女性だけのデモ隊もよく見かける。現首相のシェイク・ハシナも女性だ。

 

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 バングラデシュの選挙は、時に暴力を伴う激しさで知られている。デモ隊同士の衝突で死傷者が出たり、「ホルタル」と呼ばれるゼネストによって経済活動が停止したりして、選挙の度に社会の混乱と分断を招いていた。しかし今回の総選挙は比較的平穏で、ホルタルも行われていない。珍しく平和な選挙戦だ。

 例年に比べて選挙熱が低下した理由のひとつが、最大野党のバングラデシュ民族主義党(BNP)の党首カレダ・ジアが2018年2月に汚職の罪で収監され、求心力が大幅に低下していること。政党の「顔」が不在の中で戦わなければいけないBNPは、かなり不利な状況にある。今回の総選挙でも勝つのは与党・アワミ連盟だろう。

 有権者の多くが現状に満足していることも大きい。年率7%という高い成長率を維持している今、あえて政権交代を行う理由が見当たらない。これまでは違った。低成長と絶対的貧困、度重なる自然災害といった国民の不満は現政権にぶつけられ、5年ごとに政権交代が行われるのが通例になっていたのだ。

 

ba18-14556与党アワミ連盟を支持するデモ隊。大勢の人々が道路を練り歩いている。

 

ba18-01904壁に貼られた新聞は誰でも自由に読むことができる。市民の情報源のひとつだ。

 

ba18-13423選挙が近づくと国旗を売る行商人たちが街のあちこちに出没する。愛国心が高まると、こうしたナショナルグッズがよく売れるのだろう。

 

ba18-03624かつてバングラデシュの独立運動を指揮したムジブル・ラフマン。建国の父として尊敬を集めているムジブル・ラフマンを父に持つ現首相シェイク・ハシナは、選挙のたびに父親の名声とブランド力を最大限に生かす手法を取っている。

 

「今がいい」と思う人々

 バングラデシュで民主主義が始まって以来はじめて、人々は「今がいい」と思えるようになった。選挙のたびに社会が混乱し、消耗するのはまっぴらだ。多くの人がそう思っている。今回の選挙では与党が勝つだろう。アワミ連盟が10年間維持してきた政権は、さらに5年間延長されることになるはずだ。

 しかし野党支持者はこの選挙の正統性そのものを疑っている。
「野党の候補者は警察の監視下に置かれていて、自由に選挙を戦えない。デモを行ったら、治安維持を理由に逮捕されるんだ」
 とBNP支持者は僕に語った。自分の顔と名前は公表しないでほしいと念を押した上で。街の人に選挙についての話を聞いても、与党支持者は声高に「勝つのはアワミ連盟だ!」と叫び、野党支持者は「これは大っぴらには言えないんだけどね」と声を潜めて与党を批判するのが常だった。

 

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最大野党BNPの支持者。BNPのシンボルマークは稲穂なので、本物の稲穂をバイクにつけてアピールしている。

 

 バングラデシュの政治は「候補者同士の自由な議論によって国の行く末を決める」という民主主義の理想からはほど遠い、一種のパワーゲームだ。そのときに権力を持っている方が、様々な手段(警察権力や軍の圧力や民衆扇動)を使って相手を攻撃する。その方が効果的だからだ。

「誰が勝っても同じですよ」と醒めた目で選挙戦を見ているのは、大学で数学を学ぶ男子学生だ。「バングラデシュの政治は何十年も前から変わりません。この国の政治家には身内贔屓と汚職が染みついているんです。無知な人たちは政治家に煽られて対立するグループを攻撃する。いつも同じです。だから僕は投票には行きません。こんなのは最初から結果が見えている仕組まれた選挙です」

 

ba18-19909ba18-24966ba18-25316ba18-22880選挙が近づくと、街は選挙ポスターであふれかえる。ありとあらゆる場所に候補者の写真とシンボルマークが入ったポスターが貼られる。印刷所はフル稼働で選挙ポスターを刷りまくっている。印刷屋が選挙で儲かるのは、どの国でも同じようだ。

 

 

どちらが勝っても同じ

 バングラデシュでは、長らく選挙というものが「うまく行かない現状」への不満を表現するガス抜きの手段だった。実際のところ、アワミ連盟とBNPがどちらが政権を握っても大差はないが、現状への「NO!」だけははっきりさせておく。その結果が毎回起きる政権交代劇だった。

 「どちらが勝っても同じ」という選挙に対する冷めた見方が広がっているのは、この国の民主主義が成熟しつつある証拠なのだろう。「政治よりも経済の方が重要だ」という認識が一般にも広まりつつあるのだ。

 「世界最貧国」のひとつとして名前が挙がることが多かったバングラデシュも、莫大な人口を背景にした生産拠点として、また多くの出稼ぎ労働者を供給する人材源として、グローバル経済での存在感を年々増している。多くの人が「我々はもう貧しくはない」という自信を持てるようになった。

 実際、僕が初めてバングラデシュを訪れた2001年と比較しても、特に首都ダッカは見違えるほど発展しているし、地方にも経済成長の恩恵が波及していると感じる。ものが豊富になり、生活レベルが向上している。

 もちろんまだ問題は多い。今もなお絶対的貧困に沈んでいる人々も少なくないし、環境汚染も酷いレベルだ。しかし全体としてみれば、バングラデシュは良い方向に向かっている。普通の国になりつつあるのだ。

 今回の選挙結果は(まだ結果が出ていない時点で言うのもヘンだけど)、バングラデシュの安定感を示しているのだと思う。荒れ狂う海で翻弄される「小舟」のように不安定だった国が、多少の波が来ても転覆しない大型船に成長したのだ。

 

ba18-12399与党アワミ連盟の選挙ポスターには「小舟」が描かれている。このシンボルマークを覚えれば、文字が読めない人でも投票することができる。バングラデシュの選挙はボタンを押す電子式だ。

 

ba18-25045ダッカの街で見かけた選挙仕様のリキシャ。この巨大拡声器で候補者の名前を連呼するから、ものすごくうるさい。バングラデシュの選挙戦は「声の大きな者が勝ち」みたいなところがある。