ba04-9389 急速に変わりつつあるダッカにあって、三年前と少しも変わらなかったのは、人々の親切さとフレンドリーさだった。この国を訪れる外国人の数は少しずつ増えてはいるものの、まだまだツーリストは珍しい存在であり、どこに行っても映画スターのようにもてはやされる状況は変わらなかった。道行く男たちから「ハロー!」「ハウ・アー・ユー?」と声を掛けられ、「どこから来たの?」「何しているの?」と質問され、「バングラデシュにようこそ!」と握手を求められるのである。

 ダッカの街中を走っている囚人護送車の中から「ハロー!」と声を掛けられて、びっくりしたこともあった。その車には鉄格子のはまった小さな窓があり、車の前後にはライフル銃を持った制服の警察官が2人ずつ座っていた。そして中の男たちの腕には、鎖かロープのようなものが巻かれていた。状況から見て、囚人護送車に間違いないと思う。

 
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プロの「耳掃除屋」に耳掃除をやってもらう男。恍惚の表情を浮かべていた。

 その護送車が信号待ちのために止まったときに、車の窓から囚人の一人が顔をぬっと出し、僕に向かって「ハロー!」と声を掛けてきたのだった。僕は試しに体の前で手首を交差させて、「あんたたちは捕まっているのか?」と身振りで訊ねてみた。すると窓の男は「そうなんだ」と笑顔で頷いたのだった。
 信号が切り替わって護送車が発進すると、男は手錠が巻かれた手を僕に向かって小さく振った。何の罪で捕まったのかは知らないが、深刻さのかけらもないところがおかしくて仕方なかった。

 街中で遊んでいる子供たちの仲間に入れてもらったこともあった。バングラデシュで圧倒的な人気を誇るスポーツはクリケットで、子供たちが広場や路地裏で「草クリケット」を楽しむ姿はよく見られるのだが、それを見物していると、「一緒にやろうよ」と誘われたのである。

 クリケットは野球によく似たスポーツだが、バットが平べったいのと、ボールを地面にワンバウンドさせて投球する点が野球とは違う。ピッチャーは助走を長く取り、「ウィケット」と呼ばれる三本並んだ棒を狙ってボールを投げる。バッターはそのボールをはじき飛ばそうと構えて待っている。

 

ba04-8704 僕は臨時のピッチャーを担当したが、最初はコントロールが上手く定まらずに苦労した。わざとワンバウンドさせることに慣れていないので、どうしてもボールが高めに上ずってしまうのだ。三球目までは明らかなボール球。しかし4球目はいいところに行った。投げたボールはバッターの振ったバットのわずか上をかすめ、見事ウィケットの一本に当たったのである。

「すげぇー! やったー!」
 守備についていた子供たちが満面の笑顔で駆け寄ってきて、僕にハイタッチをした。ウィケットに当てると打者がアウトになるのだが、これが大変に難しいことらしい。何十球、ときには百球を超えるピッチングが必要になることもあるらしい。だからクリケットの国際試合は三日間も続くほど長いものになるのである。

 

ba04-8738 打者を打ち取った後はバッティングをさせてもらったが、これはピッチングほど上手くはいかなかった。高得点を上げられないうちに、あっさりと打ち取られてしまった。それでも子供たちと一緒に路地裏で走り回るのは楽しかった。放課後の小学校の校庭で遅くまで遊んでいた日々を思い出して、懐かしい気持ちにもなった。

 ダッカは人口1千万以上を抱えるメガロポリスだが、その一方で田舎を引きずった街だとも言える。住民の多くはバングラデシュの地方から出てきた農村出身者であり、だからこそ他のアジアの大都市ではあまり出会うことのない人懐っこい人々がたくさんいるのである。

 

ba04-8143 ダッカ住民の大半が農村出身者だということは、ムスリムにとっての正月にあたる断食明けの時期になると、住民の大半が故郷に帰省することからもうかがえる。「断食明けのダッカにはカラスしかいない」と言う人もいた。

 近代的な大都市として変貌しつつあるダッカと、田舎を引きずった庶民のダッカ。今のところ優勢なのは後者の方だが、しかしそのバランスは今後数年のあいだに大きく変わるだろう。

 その変化の後に現れるものは何なのか。環境の改善なのか、貧富の差の更なる拡大なのか。それを予測するのはかなり難しそうだった。

 

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