8月272001 モンゴルで歌う「北国の春」 言葉が違い、生まれ育った文化も違う人同士でも、共に歌うことでその場の空気を共有することができる。 Read details 2001年8月27日旅行記2001By 三井 昌志
モンゴルの草原で馬に乗る 空と大地だけが作り出す世界で、モンゴルの人々は自然が与えてくれる恵みに感謝し、血の一滴も無駄にせずに暮らしていた。 Read details 2001年8月23日旅行記2001By 三井 昌志 8月232001
8月222001 モンゴルの遊牧民は野菜を食べない 伝統的なゲルに住む遊牧民の食事は「馬の乳」と「牛のチーズ」と「羊の肉」が基本。野菜はほとんど食べないという。 Read details 2001年8月22日旅行記2001By 三井 昌志
ウランバートルは巨大な団地 モンゴルの子供たちは懐かしい顔をしていた。昭和初期の日本を写したモノクロ写真のようだった。日本人以上に日本的な顔だった。 Read details 2001年8月21日旅行記2001By 三井 昌志 8月212001
8月192001 シベリア鉄道は世界一退屈な乗り物だ 5泊6日、車窓の景色はずっと変わらない。この退屈さをくぐり抜けることで、ロシアという国のうんざりする広さを体で感じた。 Read details 2001年8月19日旅行記2001By 三井 昌志
モスクワ航空ショー 航空ショーの花は編隊飛行だ。5機の戦闘機が行う技は、クロナイズド・スイミングに強いロシアの伝統が生かされているのかもしれない。 Read details 2001年8月15日旅行記2001By 三井 昌志 8月152001
8月102001 バルト三国でビザを取れば、ロシアは自由に旅できる ロシアには美人が多い、という噂は本当だった。肌が白く、ナチュラルな金髪、目鼻立ちの整ったスラブ系美人。だが無愛想だった。 Read details 2001年8月10日旅行記2001By 三井 昌志
アウシュビッツ収容所 第二次大戦中、ユダヤ人が最後に辿り着いた終着駅。囚人たちのほとんどは、餓死するか、伝染病で死ぬか、ガス室に送られて殺された。 Read details 2001年7月29日旅行記2001By 三井 昌志 7月292001